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万紗(かずさ)

万紗(かずさ)

ーーーそれはある晴れた日の午後でした。
雲が落とす影が水面にグラデーションを作り、差す陽の光が波に反射してキラキラと輝いています。
ふたりは砂浜に立っていました。
あの日と同じように。
「やっぱり夏も終わっちゃうと風が冷たいよね。美音は大丈夫?」
穂乃花が腕に抱えた美音にそう聞きました。
初秋の風に淡いベージュの花が描かれたワンピースがなびいています。
美音が鼻をぴすぴす鳴らし、穂乃花を見上げました。
『あたしは大丈夫だよ』
穂乃花にそう語りかけるように、あの頃よりふたまわりほど大きくなった手で穂乃花を撫でました。
「早いよね。あれからもう12年も経ってるなんて」
少し冷たくなった風がふたりを撫でるように過ぎていきました。
『そうね、あれから12年…喧嘩もしたけどね…』美音が小さく「ミオン…」と鳴きました。
少し色あせたグレー色のしっぽを愛おしそうに穂乃花の腕に絡めています。
それを感じ取ったように穂乃花も話しました。
『喧嘩もしたよね。美音が猫じゃらしで遊びたいのに、わたしがネズミのおもちゃ持ってきたり』
美音が『そうよ〜!』と言うように鳴きました。
「美音の誕生日に海に来たの覚えてる?」
『ミィっ!』
美音が耳をピクピクさせ、はっきりと答えました。

それは美音が3歳の誕生日のことでした。

お父さんが運転席から穂乃花に声をかけます。
「なぁ穂乃花、なんで空は青いのか知ってるか?」
助手席のお母さんがまた始まったというように苦笑いを浮かべました。
「えー、知らないよ。海が青いから青いんでしょー?」
穂乃花が後ろの座席から膝上の美音を撫でながらそう答えました。
お父さんが答えます。
「実は違うんだよ。光にはスペクトルっていうものがあって…」
「もう、いいじゃん。綺麗なものは綺麗なんだから!美音もそう思うよね?」
撫でられながら、そうだと言わんばかりに美音も鳴き声を上げました。
お父さんは笑いながら「まったく、うちのお姫様ふたりは…」
「あら、お姫様は2人だけ?わたしは?」
助手席のお母さんがお父さんにそう聞き返しました。
「あ!ごめんっ!千種のことを忘れてたわけじゃないんだ!」
お母さんが朗らかに笑いました。
つられて後ろに座っているふたりも笑いました。
「あ、それよりほら!海が見えてきたぞー!」
お父さんが指をさします。
そこには光に照らされて白く光る海が広がっていました。
美音が穂乃花の膝から飛び降り、興味深げに窓の外を眺めました。
「ミオンっ!ミョオンっ!」
『ねぇ!あれなぁにっ?大きな水がある〜っ
!』
穂乃花が美音を抱き上げて言いました。
「そっかぁ、美音は海初めてだもんね」
まだ幼い顔が美音を横から覗いて言いました。
大きな目をさらに大きくして美音が穂乃花を見つめます。
『あれ?あれが海なの?すんごく綺麗』
美音の目が海の光に照らされキラキラと輝いています。
「まだ水が冷たいから中には入らないのよ」
お母さんがふたりにそう言いました。
「はーい!」
『ミオンっ!』
お父さんがその返事を聞いて言いました。
「ふたりとも仲いいよな。やっぱり美音をうちに迎えて良かったよ」
「ほんとだわ。美音が来て、やっと穂乃花も子供らしくなったっていうか」
「ねぇ、後どれくらいで着くの?」
穂乃花が待ちきれない様子で前座席の2人に聞きました。
お母さんが優しく微笑んで答えます。
「あと少しだからね」

しばらく後ーー
車から降りたふたりの目の前に鮮やかな紺色が一面に広がっていました。
太陽が水面に反射してキラキラと輝き、寄せ返す波がふたりを迎えるように波音を上げました。
爽やかな潮風が穂乃花の白いワンピースを優しく撫でていきます。
『これが海?お魚さんの匂いみたい!美味しそう〜!』
穂乃花に抱かれた美音がバタバタと腕を動かしました。
「美音嬉しそうだね。ちょっと待ってね」
穂乃花が美音を優しく抱き下ろします。
少し濡れた砂浜に美音の足跡がつきました。
『うわっ!うわっ!見て穂乃花っ!』
美音が穂乃花を見上げながらぴょんぴょん飛び跳ねました。
寄せては返す波に近寄っては、消えていく自分の足跡を不思議そうに見つめます。
『面白ーい!』
美音がそう言うように、楽しそうに鳴きました。
はしゃぐ美音の後を、穂乃花が静かについて行きます。
『ありがとう、穂乃花ちゃん。うちの猫のことあんなに可愛がってくれて』
学校で友達に言われたことがふっ、と穂乃花の頭をよぎりました。
『ねえ穂乃花どうしたの?』
そう言うように美音が穂乃花の顔をのぞきました。
穂乃花が急に美音を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめました。
「一緒だからね、ずっと、ずっと一緒だからね」
美音の顔に雫が落ちました。
『あれ?穂乃花、泣いてるの?』
美音が穂乃花のほっぺをペロッとなめました。
『あたしは一緒よ。だって穂乃花が大好きだから』
美音がゴロゴロと甘い鳴き声をあげて幼い頬に擦り寄せました。
初夏の海は2人を包むようにさざ波を奏でていました。

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万紗(かずさ)

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あなたのひざの上で 2


⋯⋯ザザ⋯⋯⋯ン
『うん。懐かしいね』
あのころと同じように、でも明らかに違う波音が寂しげに、2人の耳を通り過ぎて行きました。

「ねぇ、美音」
穂乃花が水平線を見つめながら腕の中の存在を呼びました。
「わたしは美音がいてくれて幸せだったよ」
その腕はなにかに堪えるように小さく震えています。
『ちょっと、泣かないでよ。あたしも寂しくなるでしょ』
美音がそう言うように、穂乃花の頬に弱々しくすり寄りました。
ほんとは穂乃花と浜辺を駆け回りたいのに。
もっと一緒にいたいをちゃんと伝えたいのに。今までの自分の体とは違う、力が入らず思い通りに動けない。

それは美音自身がよくわかっていることでした。

ーーあたしはもう、長く生きれない。

『ごめんね穂乃花。ずっと一緒だよって言ったのに』
美音がそう鳴いて、あの頃よりも大きくなった穂乃花の腕をさすりました。
鼻を鳴らそうにも、首を伸ばして穂乃花の頬を舐めようにも、それほどの力も残ってはいません。
『でも穂乃花は大丈夫。だから、幸せになってね』
「⋯⋯美音⋯っ!」
穂乃花の腕が美音を強く抱き締めます。
離れないように。
離さないように。
その腕の中の存在を確かめるかのように。
波音は静かに、誰かの嗚咽を代弁するかのように。

そして何日かあとの夜。
輝く星空の中を一筋、流れ星が過ぎていきました。

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