わたしがこの本に出会ったのは、東京にきて出会った友人がわたしのことを「アミのようだ」と言ったからだ。果たしてアミとはどんな生きものなのか、そしてじぶんという生きものが他人にどう思われているのかを知りたくなって、少々値の張るその本を、すぐさま入手した。愛のお話だった。地球に生息する人間はまだ"ほんとうの愛"を知らずに未熟な生きものとして生存している。全人類が愛を持ったとき、いろいろな概念がなくなったり、障壁がなくなるのだという。すっかり引き込まれた。じぶんのことを"アミのようだ"と納得はしなかったけど、アミのような生きものに憧れて、アミのようになりたいと思った。きっと友人がわたしにこの本をお薦めしたことは、正しかった。そしてその本は、いま、アミを理解できる人間が存在するかを知るためのアイテムとして、じぶんの手元ではなく違和感のある場所を転々と渡り歩いている。その本を読んだのは、数年も前の話なのに、どうしていまこんな話をしたくなったのかというと、その本を読んでもらわなくても、アミを理解できるであろう人の存在が最近あった。その本をその人の元へ送り込まなくても、アミの言っていた話をわたしのフィルター越しに話せば、きっとその人は首を縦に振るだろう。その人には、アミの存在を知らせずに、アミの言っていることをこっそり共有していきたい。わたしとその人とのあいだには、アミの暮らしている星の世界が存在して、精一杯愛を生きて、そしてわたしたちが地球からいなくなったあとも、銀河は増え続け、小さな宇宙人が滅亡しない地球であってほしい。愛とは?を説明することは、避けたいことでもあるけれど、今日思うわたしにとっての愛とは、手の届くものたちを守るために必要なアイテムである。#現代詩 #散文詩 #詩 #エッセイ#アミ小さな宇宙人の発見