共感で繋がるSNS
人気
NAC

NAC

ナチュラル(実在)と幻想のいやしについて
(文章編)

先日は図にして形而上学をかきましたが
今回は文章でかきます

私たちは日常においても

「自分」が見たままの状況(投影 五感)
を事実(真実)だととらえ、それらに対する自分の反応(行動、考え、感情)も、ほとんど無意識(大自我の反映としての魂としての「自分」から)のうちに行っています

これが内側から外側をみているという信念です

しかし
ナチュラルにおいては
ただ在る
からの空想のいやしが延長するのです

アコースインミラクルズの場合は
メソッドですが
似たような表現として
今この瞬間(すでにただ在る)のことを「聖なる瞬間」とよび
空想のいやし(つまり心と投影のいやし)
のことを
五感そのままではなく
いやされた「真の知覚」とよびます
人間関係のいやしについては
特別の愛、憎悪の関係ではなく
「聖なる関係」とよんでいます
それらは
在るがままからのナチュラルさにより
空想努力の世界がいやされていることを表現している状態なのです

そして、癒しが完了した最後の人生については
実在である実相を反映した意味での
実相世界と
よんでいるのです

内側を変えることにより外側をかえる

という真の意味は

じつは
ポジティブ心理や
聖なる心理
によるメソッドではありません

それは

今ここによるノーマインド的ないやしなのです
ポジティブメソッドはいまだ自我メソッドであり
聖なるメソッドもまた、いまだ心がつかんでいる概念的メソッドです

在る意味では
内側も外側も幻想であり(変化の状態にすぎません)
どうしても言葉で説明するなら
内側(心)よりも内側にある、変わらない在る

実在とよべるかもしれませんが

それはじつは
ナチュラル(すでにただ在る)という
無条件、無努力の意味なのです





#ノンデュアリティ
#非二元
#スピリチュアル
#アコースインミラクルズ
#今ここ
スピリチュアルの星スピリチュアルの星
GRAVITY
GRAVITY