【われわれひとりひとりが自分の感じることに責任がある】パウロ・コエーリョ『11分間』より 抜粋これまでの一生私は愛というのを双方が合意の上で一種の奴隷になることだと理解してきた。でもそれは嘘だ。自由というのは愛があるときのみ存在できるのだから。自分を全面的に手放せる人自分を自由とかんじる人こそが一番たくさん愛することができる。これゆえに私が何を生きても何をしても何を発見してもすべてが無意味なのだ。今の時期が早く過ぎ去ってほしいそして、自分自身をまた探しにいきたいーー私のことを理解してくれて私を苦しめることのないひとりの男の上に映し出された私自身を探しに。でも何を馬鹿なことを言っているんだろう?愛においては誰が誰を傷つけることもない。われわれひとりひとりが自分の感じることに責任がありそれを他人のせいにすることはできないのだ。私は自分が愛してしまった男たちを失ったときに、傷つけられたと感じたものだった。でも今では、誰かが誰かを失うというようなことはないのだと確信できる。もともと誰かが誰かを所有するということはないのだから。本当の自由の経験とはこういうことだこの世で一番大事なものを所有することなく抱きとめること。#10年前に読んだ小説の一節のメモ#43歳になってわかること#すぐにわからなくても#触れることは大事だよね#愛するということ