『編む』この世界には、目に見えない「規律」がある。人は、気づかぬうちにその支配下に置かれている。あおは歩き続けた。背後の気配は、消えなかった。それどころか、音もなく距離を詰めてくる。夜気を裂いて、《パラディオ》の弦が震えた。冷たく、完璧な律動。すべてを無言で灰色に塗りつぶすための音。あおは立ち止まった。その瞬間、背後の気配も止まった。空気が張り詰め、沈黙が広がる。ゆっくりと振り向くと、そこに「何か」がいた。鋭い棘、滑らかな渦、圧し潰す壁、霞のような毒。それらが人の形を取り、無表情であおに手を伸ばしてくる。──屈服しろ。──型に入れ。言葉にならない圧力が、思考を締めつける。けれど、あおは胸の奥にあるものを思い出した。「わたしは、わたしの心地よさを選ぶ。」声には出さず、ただそう思った。その瞬間、相手の表面にヒビが走った。棘は鈍り、渦は乱れ、壁はひび割れ、霞はざわめいた。あおはもう一歩、踏み込んだ。迷いも恐れもなく。怪物は形を失い、空へと溶けていった。残された空気は冷たかった。けれどその中で、あおは呼吸していた。歩きながら、あおは自分の中に何かが芽生えたことに気づく。世界の無数のリズムを、自分の「すき」で編みなおしていく力。それはまだ小さく、脆かった。けれど、たしかに灯っていた。あおは微笑んだ。そして、新しく生まれた自分自身を連れて、夜の奥へ進んでいった。新たな影たちが、目を覚ましはじめる。──規律だけではない。──混沌、歪み、沈黙、爆発。世界には、数え切れない異形たちが潜んでいた。夜の交差点で、あおは出会った。全身がひび割れた鏡でできた獣。その歩みは、見る者すべてに違う姿を映し出す。それはあおにも問いかけた。「おまえの本当のかたちは、どれだ?」あおは恐れなかった。そっと胸に手をあてる。棘も、渦も、壁も、霞も。その全部が、「いま、ここにいるあお」だ。獣は、無言であおを認めた。ひとつ、世界にまた、あおのリズムが広がった。こうしてあおは少しずつ、夜の奥深くに潜む異形たちと向き合いながら、自分の「好き」を編みなおしていった。やがて、あおの歩いたあとにはかすかな光と、音楽のようなリズムが芽吹きはじめた。まだ小さな、けれど確かな変化だった。この世界では、すべてのものに「名前」が刻まれていた。石にも、風にも、沈黙にも。名前のないものは、存在を許されない。存在し続けるには、規律に従わなければならない。あおは、最初から「名無し」だった。この世界では、それは罪だった。だから、ずっと追われていた。《パラディオ》の弦が檻をつくる。震えが無数の名札を編み、あおを捕らえようとする。──名を刻め。──型にはまれ。──意味を持て。けれどあおは、知っていた。自分はまだ、決まった形を持たなくていいことを。彼女は走った。弦が追いすがる。檻が狭まる。それでもあおは走る。自分の心地よさを、ぎゅっと抱きしめながら。そして最後に、檻の外に──無名の、透明な花が咲いていた。まだ名前を持たないその花は、たしかに、そこに咲いていた。あおは花のそばで目を閉じ、ゆっくりと、ただ在ることを選んだ。#ここちよさの種#花咲く無名#songtostory#ことばりうむの星#音楽と言葉イベント𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸𓂃𓈒𓏸🎼作者感想🎼これは以前、カール・ジェンキンスの「パラディオ」から着想を得て創作した物語です。3か月前は、こういう創作を投稿できる場所がなく、個人でひっそり投稿していました。ことばりうむの星ができて2か月が過ぎ、やっとここまでたどり着けたことに、ひとり感慨にふけっています[照れる]今回、イベントに合わせ、改めて再投稿です!ことばりうむの星で、一緒に遊んでくれるみんなには本当に感謝しています⭐いつも全力で楽しんでくれるみんなが大好きです[ハート]これからも、どうぞよろしくお願いします[照れる]