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あかつき
第二話「プラモデル職人、動く」
***
品川の夜は静かに深まる。
依頼箱に託された小さな願いが、店の奥の工房まで響いてゆく。
神村土門は、ランナーを切る手を止め、メモ用紙をじっと見つめていた。
灯りの下、紙の文字が滲む。
「娘を助けてください。どうか、この箱の中で。」
工房の空気が、粛然と凍る。
ヤスリ、ニッパー、ピンセット。机には整然と道具が並ぶ。
神村は箱を開け、崩れたミニ四駆をそっと持ち上げる。
ランナーの切り口、歪んだ軸。指先が触れるたび、その小さな部品の痛みが神村へ伝わる。
彼は、ためらいなく工具を選ぶ。精密なピンセットでシャフトを抜き、曲がったギヤ軸をヤスリで研ぐ。
音もなく、部品たちが蘇っていく。
塗料を溶き、筆先で迷いなく色を乗せる。
細い線が、模型のボディに命を吹き込む。闇夜の静けさそのものの色。
神村の指先は、舞うように動く。
ふと、涌田菊雄が工房に現れる。
彼は一言も口を利かず、ただ、依頼箱の中身と作業机をじっと見つめていた。
神村は、修復されたミニ四駆にさっと視線を落とす。
ふたりの間に沈黙が流れる――永遠のような数秒。
涌田が、静かに告げる。
「土門。仕事だ。」
神村はうなずき、工具箱の蓋を閉じる。
店の戸口から夜の路地へと歩み出す。
その姿は、暗闇の中に溶けるようであった。
街の外灯が、模型の銀色を返した。
ひとつ、またひとつ、静かに光る道具たち。
依頼は受け取られ、仕事が動き出す。
「おもちゃのめざし」には、今日も誰にも知られぬ仕事人がいる。
そして、誰かの小さな祈りが、工具の音に変わっていく。
***
> 次回「深夜の模型店:神村、仕掛け始める」
#おもちゃのめざし
あかつき
夜の公園、灯りの下。
少女は涙をこらえ、小さく身を縮めていた。
不良たちは囲み、声を潜めて低く脅す。
「これでも言うこと聞かなかったら、どうなっても知らねぇぞ」
「昨日の写真、バラまかれてもいーのか?」
少女は膝を抱え、声さえ出せない。
眼差しだけが必死に助けを求めていた。
ベンチの影、闇に溶ける沈黙。
誰にも気づかれぬ気配。
その奥に、神村土門の視線がある。
手にしたスマホ――
模型のカメラに映し出される少女の表情、不良の脅し文句。
通話アプリ越しに学校相談員宛の緊急通報をセットする。
ミニ四駆は慎重な軌道で地面を進む。
細く、湿った芝生。
車体内の高感度マイクが声の全てを拾う。
証拠はリアルタイムで警察と相談員に転送されていく。
少年の一人が車体に気づく。
「なんだよ、こんな時間にオモチャか?」
つま先で蹴ろうとした瞬間、
神村は脱出ギミックを作動。
シャーシのパウダー射出装置が不良の足元に色粉を浴びせ、
警告音が夜に響く。
不良たちは慌てて後ずさりし、少女への脅しは一瞬止まる。
警報に気づいた付近の交番警官が、誰より早く現場に駆け寄る――
「何があった!」
少女は動けない。震える身体の中で、
模型の灯りだけが小さな「逃げ道」となっていた。
警官が不良たちを呼び止め、状況確認と同時に警察サーバーには証拠映像が着信する。
着色された不良の靴、不安げな少女、証拠データと現場写真――
少女は保護され、警官の背中に隠れるように離れる。
神村は、気配を公園の闇と同化させ、
もの言わぬ職人のまま、すべてを証拠と仕事だけで完遂した。
公園にはまだ夜の澱みが漂っていた。
だが、少女が連れて行かれたその後、
模型のタイヤ跡だけが静かに残る。
***
> ~次話「証拠と模型と静かな朝」へ続く~
かも。
#おもちゃのめざし
あかつき
第四話「証拠と模型と静かな朝」
***
朝の品川、公園は昨夜の痕跡を残したまま、静かに目覚める。
神村土門は工房でミニ四駆の分解清掃を終えていた。
シャーシには昨夜使った着色パウダーの微かな残りと、内部メモリに録画データが保存されている。
スマホには、警察と学校相談員からの着信記録――
「保護ありがとうございました」
「証拠データ、確かに受領しました」
依頼主の母親は、早朝「めざし」の戸を訪れる。
涌田菊雄は磨き直した模型を、包み紙にそっとくるんで差し出す。
母親と少女は深々と頭を下げるだけで言葉にできない。
涌田は小さく頷き、工房の奥へ姿を消した。
学校では生徒指導室で教師と警察の担当者が夜の動画を再生していた。
「なぜこんな角度からはっきり撮れているのか……」
「証拠は十分です」
警察は着色された不良生徒の靴、音声データ、少女の表情すべてを採集し、事実確認の聴取を慎重に行う。
今回の件は、学校と警察の間で迅速な対応につながった。
少女は教室に戻る。
もう誰も脅す者はいない。
彼女が机に置いた模型――
きれいに磨かれたミニ四駆が、静かに朝の日差しを受けて光った。
神村は工房で新たな依頼箱に目を落とす。
涌田菊雄が、ただ一言「土門」と呼ぶ。
神村は、次の仕事道具を手に取りながら、
静かに「気配」を消した。
模型の記憶、その細部の痕跡は、
今日も誰かを救うために、闇の中で生き続ける。
***
第1章 完
どんな悪でも
おもちゃで裁く!
「おもちゃのめざし」
めざしは必殺仕事人、中村主水がよく食べていたところから。
めざし主人、涌田 菊雄は
和久井映見さんのお菊姉さんから
仕掛人、仕事人 神村 土門は
かむら どもん
なかむら もんど
から。
名は無いみたいな笑
ミニ四駆ではなくラジコン笑
改造しすぎ笑
神村に裁いて欲しい悪があれば募集します^ ^
#おもちゃのめざし
あかつき
『おもちゃのめざし』
## 第一話 「おもちゃのめざし」
品川の裏路地、小さな木造の店がある。
屋号は「おもちゃのめざし」。
色あせた看板、風に鳴る鈴。
だが、その奥には、何か別の音が潜んでいる。
それは夜の工房から響く――プラモデルのランナーを切る音。
カチリ、カチリ……と、気配を断ち切るような鋭さ。
店主、**涌田菊雄**。
四六歳、髭面に寡黙な瞳。
昼間は子供たちに模型を売り、笑顔の裏で何かを待っている。
夜の入り口、カウンターの端に置かれた小さな“依頼箱”が、彼のもう一つの顔を呼び覚ます。
その箱に、模型と一緒に金と手紙を入れれば――。
その夜、不思議な男が動くという。
名を**神村土門**。
二十五歳。
やせた指先に宿る、光のような精密。
プラモデルを作るための工具が、彼の生業であり、武器でもある。
彼は店の奥、狭い工房に籠もり、金属ヤスリを滑らせていた。
その目は、まるで戦場を見ているかのように、冷たく、美しかった。
カチ、カチ、カチ……。
鉄と樹脂が交わる音。
空気が切り替わる。
そして、木戸の音がした。
――彼女だった。
小さな紙袋を抱え、震える声で「相談を……」とだけ言った。
涌田は何も答えず、依頼箱を指さす。
紙袋の中には、少し崩れたミニ四駆の箱。
メモ用紙一枚――
> 「娘を助けてください。どうか、この箱の中で。」
沈黙が工房に落ちる。
神村が作業の手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
窓の外には、灯りが一つ、また一つ消えていく。
夜の「めざし」が目を覚ます。
音もなく、工具が並ぶ机の上で、神村の指が――動きはじめた。
#おもちゃのめざし
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