1995年1月17日の記憶5時46分、早朝出勤した旦那氏を見送り二度寝しかかったころ激しい揺れに襲われる家は傾き全壊、ベランダから外に出てみるとお向かいの家がない!布団だけ持ち出し明るくなるまで近所の人たちと路上で座っていました明るくなってくるとだんだん事情がわかってきて、誰かが、ここのすぐ北側の阪神高速が落ちている!と 耳を疑い駆けつけました 道路にはまるで障害物のように倒れた家や電柱 それらを乗り越えながら43号線まで 行き着くとそこには目を疑う光景が!まるで映画のセットのように倒れる阪神高速道路 折れているところから滑り台のようになっていました 早朝神戸方面へ仕事に出かけた旦那氏とは連絡が取れず 夕方、車の通れる道を探しながらやっと自宅へたどりついた旦那氏 帰ってくるまでの神戸から芦屋の光景を見て、私はもうだめかもしれないと覚悟したそうです 無事に傾いた家の前で再会できたときは泣きながらハグをしましたあれから31年、あとにも先にも旦那氏とハグなんてしたのはこのときだけでした笑#あれから31年#阪神・淡路大震災