『ネオンのクジラ』 その街は、かつて、とてつもない夢を抱いていた。 巨大なビルが空にそびえ、ネオンの光が滝のように降り注ぐ――未来都市。だが、その夢が終わりを告げてから久しい。街のネオンはその半分が壊れ、残った光も、どこか疲れたように点滅を繰り返している。 アキラは、その街で、廃ビルの清掃員として働いていた。 彼の心もまた、この街のネオンと同じように、半ば壊れていた。かつて宇宙飛行士を夢見ていたが、その夢は都市の衰退とともに、いつの間にか消えていた。 ある夜、彼は屋上で、不思議な光景を目にする。 夜空を泳ぐ、巨大なクジラ――。 無数のネオンの光で形作られたその姿は、静かに、優雅に、ビルの谷間を進んでいく。 「……クジラ?」 アキラが呟いた瞬間、光のクジラはすぅっと降りてきて、彼の目の前に漂った。 その瞳は、夜空を閉じ込めたような無数の粒で輝いていた。 「君も、夢をなくしたの?」 心の奥に響く、くぐもった声。 アキラは答えられなかった。言葉を探す前に、胸の奥の空洞がずきりと疼いた。 クジラは静かに告げる。 「ぼくは、この街が捨てた夢でできている。……さあ、背中に乗りなさい。失くした夢を探しに行こう」 アキラは、迷うことなく光の背に身を預けた。 次の瞬間、彼らは夜空へと舞い上がる。街のネオンが海の底のように広がり、その中をクジラはゆったりと泳いでいく。 眼下のビルの窓一つひとつが、かつて人々が描いた夢を映し出していた。 一攫千金を夢見てカジノに通った男。 空を飛ぶ機械を作りたくて、設計図を描き続けた技師。 世界を旅したいと、異国の切符を机にしまい込んだ女性。 そして――幼い頃の、宇宙を夢見る自分自身の姿。 「夢は、消えるわけじゃない。姿を変えて、この夜空に今も生き続けているんだ」 クジラの声が、温かな光となってアキラの心に染み渡る。 やがて東の空が白みはじめると、ネオンのクジラは夜明けに溶けるように、ゆっくりと消えていった。 気づけば、アキラは再び屋上に一人で立っていた。 だが、胸の奥では、宇宙への夢が再び、鮮やかなネオンのように脈打っていた。 アキラは、今日も清掃の仕事に向かう。 けれどそれは、ただ埃を払うだけではない。 街に散らばる、小さな夢のかけらを拾い集め、もう一度輝かせる――そんな新しい使命を胸に抱きながら。#ネオンテイル #NEONTAIL #短編小説 #夜の図書館