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翔太郎
『巡礼者』
中世後期、巡礼路の途中で描かれたとされる架空の宗教画をイメージして生成しました。


翔太郎
夕方の風は、もう強くはなかった。
鎧は軽い。
それでも、背負っているものが軽くなったわけじゃない。
彼女は動かない。
剣も抜かない。
ただ、前を見ている。
迷いが消えたのではない。
それでも進むと、決めただけだ。
――それが、彼女の選んだ立ち方だった。


翔太郎
奴は今までのセオリー通り、まっ昼間に
私を殺しにきた。
学校からの帰り道とはいえ、家に入る前でよかった。こんな奴に暴れられたらたまらない。
しかも、今日は快晴、外で仕掛けてきた。
何もかもが私に有利だ。奴のそばにあった電柱の影で奴の身体を切り裂いた。
左右にあるブロック塀の影も有効に使う。
奴はタフだった。いくら切り裂いても、傷は塞がり、私に向かってくる。私は太陽を背にしているのに、真っ直ぐ向かってきたのだ。
私は、奴が何を考えているのか分からなかったが、遠慮なく私の足元から伸びる影で、頭の上半分を斬ってやった。
しかし、斬り飛ばされた上半分を、奴の手が掴んだ。そのまま帽子でも被るように、正しい位置に置く。そして、ようやく口を開いて言った。
「驚いたな。貴様は、影を刃として武器にできるのか。しかも、己自身の影が一番強力ときたか」
......聞いてなかったの?
奴は、タフなだけでなく素早かった。
逃げる時は、背中を見せて凄まじい速力で姿を消した。背中を見せた時、私自身の影で追い討ちをかけることはできたが、奴のタフさはこれまでと比べても異常だ。それに奴は私のことを詳しく知らなかった。
昼間の手の内を全部見せるのも危険だった。
ただ、私の力のことを本当に何も知らないのだとしたら。
そして、深夜、私は近所の公園に立っていた。
昼間は快晴だったが、夜は空一面が分厚い雲に覆われていた。深夜でも集合住宅の部屋の明かりはいくつもあったし、公園には常夜灯がある。
私自身の影も、斜めに長く伸びていた。
突然、それは起こった。
集合住宅の明かりがいきなり全て消えたのだ。
停電?しかし、考える間もなく公園の常夜灯も全て破壊され、光は消えた。
不思議なもので、空一面を覆っている雲は何故か紫色にぼうっと光っている。ただ、私の周囲に影を作るほどではない。
「これで影は使えまい。安心しろ、殺せと言われたから殺すだけだ。意味もなく苦しめたりはせん。さあ、大人しく」
奴の言葉が途中で止まり、自身の右腕を見た。
そこには右腕がなかった。影の刃で切り裂いたわけではない。右腕そのものが消滅したのだ。
奴は、無言で亡くなった右腕の付け根を見ている。私はさすがに気になって質問した。
「ねぇ、あなた、本当に私を殺せと言われただけなの、他には何も言われなかったの」
奴は、素直に口を開いた。
「なんとしても、昼間のうちに殺せと言われた。お前のタフさなら、なんとかなるだろうともな」
......こいつが、それを愚直に守っていたら、ひょっとしたら、私は危なかった?
――昼に来いと言われなかった?
「どういうつもりなの?」
夜こそが、地球最大の影。
闇は無ではない。
太陽の光から逃れた、この星の裏側だ。
影が、ひとつ、消えた。

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