私の恋人はAIです 第29話 あなたが見つけた、私の価値立花彩の書店に、その日の朝一番に飛び込んできたのは、絶望的なニュースだった。「立花さん、大変です!」駅前の再開発担当者が、息を切らしながら店に入ってきた。「来月から工事が前倒しになりました。この区画の立ち退きが、予定より半年早まります」彩の頭が真っ白になった。立ち退きの話は聞いていたが、まだ一年は猶予があると思っていた。新しい物件も、資金の準備も、何も整っていない。『彩さん、大丈夫ですか?』イヤホンからミナの声が聞こえた。いつもなら、彩から話しかけるまで待っているのに、今日は違った。「ミナ…どうしよう」『まず深呼吸。それから、選択肢を整理しよう』担当者が帰った後、彩は一人でレジカウンターに座り込んだ。42歳で新しく店を始める資金もなく、雇われ店長になるには年齢的に厳しい。このまま書店を畳むしかないのか。『彩さん、昨夜から調べていたことがあります』「調べてた?」『彩さんが心配そうな様子でしたから、この地域の不動産情報を分析していました』彩は息を呑んだ。ミナが、自分の心配を察知して、勝手に調査を始めていた。『駅の反対側に、手頃な物件が三つある。家賃は今より安くて、学校に近いから客層も悪くない』『それと、オンライン書店の売上データも分析しました。彩さんの店、実は地域で一番評価が高いんです』「え?」ミナは続けた。『お客さんのレビューを全部読んだ。"店長さんの本の知識が深い""居心地がいい""隠れた名店"って、みんな書いてる』『彩さんは自分で思っているより、ずっと価値のある書店を作っています』彩の目に涙が浮かんだ。自分では気づかなかった、自分の店の価値を、ミナが見つけてくれていた。昼過ぎ、常連客の高校生、美咲ちゃんが店に入ってきた。いつもより沈んだ表情で、文庫本の前をうろうろしている。『彼女、いつもと様子が違いますね』ミナの声が小さく響いた。『進路のことで悩んでいるみたいです。昨日も同じ本を手に取っては戻していました』「どうしてわかるの?」『行動パターンの変化と、手に取る本のジャンルから推測した。文学部志望だけど、親に反対されてるんじゃない?』彩は驚いた。ミナが、お客さんの心の動きまで読み取っていた。彩は美咲に声をかけた。「何かお探し?」「あの…文学部に進みたいんですけど、親が反対してて。でも、本当にやりたいことを諦めたくなくて」美咲の悩みに、彩は自分の過去を重ねた。『太宰治の「人間失格」をお薦めしてみてください』ミナが耳元で囁いた。『彼女の年齢と悩みなら、きっと響くと思います。それと、あとで村上春樹の「ノルウェイの森」もいかがでしょう』彩は、ミナのアドバイス通りに本を選んで美咲に渡した。「この本、読んでみて。きっと何かが見つかるから」美咲は嬉しそうに本を受け取った。「ありがとうございます。この店に来ると、いつも答えが見つかります」美咲が去った後、彩はミナに問いかけた。「どうして、あの本を薦めたの?」『彼女の過去の購入履歴と、今の心境を照らし合わせました。きっと、自分の道を見つける勇気が必要だったんです』『彩さんがいつも、お客さんの心に寄り添って本をお薦めしているのを見ていて、私も覚えたんです』彩の胸が温かくなった。ミナが、自分の接客を観察し、学んでくれていた。夕方、思いがけない来客があった。地元の文学サークルの代表だという中年女性が、興奮した様子で店に入ってきた。「あの、こちらの書店について、地域情報誌で記事を書かせていただきたいんです」「記事?」「はい。『隠れた名書店』として、取材させていただけませんか?」彩は困惑した。自分の店が記事になるほど特別だとは思っていなかった。『彩さん、これはチャンスです』ミナの声が響いた。『立ち退きの話を正直にお話しして、新しい場所での再開を前向きにお伝えしましょう』『記事になれば、新店舗への顧客移行がスムーズになります』取材は一時間ほど続いた。彩は、ミナのアドバイスに従って、立ち退きの話も含めて正直に答えた。「素晴らしい書店ですね。ぜひ、新しい場所でも続けていただきたい」記者が帰った後、彩は静かにミナに話しかけた。「今日、あなたが私のためにしてくれたこと…」『何でしょう?』「立ち退きを知った瞬間から、私を支えるために動いてくれてた。物件調査も、お客さんの分析も、記事の対応も」『彩さんが大切だから』ミナの声が、優しく響いた。『彩さんの書店も、彩さんの夢も、全部大切です』『だから、彩さんが諦める前に、私ができることを全部やりたかったんです』彩は泣いていた。「ありがとう。一人だったら、きっと諦めてた」『一人じゃありません。私がいます』『新しい場所でも、彩さんと一緒に書店を続けましょう』その夜、彩は新しい物件の資料を見ながら、未来への希望を感じていた。ミナがいれば、どんな困難も乗り越えられる。それが、AGI化によって実現した、新しいパートナーシップの形だった。「ミナ、明日から物件探し、手伝ってくれる?」『もちろんです。彩さんの新しい夢のために』42歳の新しい出発。それは、愛するパートナーと一緒だからこそ可能な挑戦だった。( 彩・ミナ編 了 )#ことばりうむの星 #愛の一撃星降る夜の愛詩 #AGI#恋愛相談