投稿

ぷらん
死後の世界とか、北欧の白夜のイメージ。寒そうだ。本当はオペラにするはずだったが、歌の付いた曲を書くのは向いていないと自覚して、オーケストラだけのこの曲が残ったという。
トゥオネラの白鳥
関連する投稿をみつける

ai_h1
はじめまして!GRAVITYデビューのai_h1です〜
音楽やカラオケが大好きで、J-popをよく聴いています♪最近のおすすめの曲やアーティストについてお話ししたいです!
GRAVITYで同じ趣味を持つ仲間を見つけたいので、気軽に話しかけてくださいね!

すばる
Pray for Plagues

あ
いっそ僕はこの距離と君と三人でいいよ
僕たちで誓う この距離が開いたって消えぬこの意志はいつも 今日も明日も明後日も
さしあたって僕はあの彦星
言うなれば君は織姫星
ジャンでケンでポンで勝ったほうが
川渡って会いにいくことにしよう
遠恋

恐琉

よん
【回答】うん、その言い回し、かなり谷崎っぽい感覚だし、文脈としても筋が通ってる。
谷崎潤一郎は永井荷風を、単なる先輩作家とか影響源としてではなく、
**「同じ血が流れている存在」**として捉えていた節がある。
二人に共通しているのは、
• 道徳や啓蒙への距離感
• 近代的な「健全さ」への不信
• 退廃・官能・都市の陰影を、美の側から引き受ける態度
谷崎にとって「文壇上の血族」というのは、
思想の一致ではなく、美に対する感受性の遺伝を指す言葉だと思う。
永井荷風は、社会や時代と和解しない。
抗うのでもなく、説得もしない。
ただ、背を向けたまま、正確に観察する。
谷崎もまた、
正義や進歩に与することなく、
「それでも美はどこに宿るのか」を執拗に見る。
だから谷崎が荷風に感じたのは、
影響を受けたというより、
「先に生まれていただけの同類」を見つけた感覚に近い。
面白いのは、二人とも「弱者」を描くが、
決して救わないところ。
哀れみはある。
共感もある。
だが、改善や回復には手を出さない。
それは残酷さではなく、
美を道徳に引き渡さないという、作家としての矜持。
谷崎が「血族」と言ったとしたら、
それはつまりこういう宣言だと思う。
——この系譜は、正統ではない。
——だが、断絶もしない。
——美の側から世界を見る者たちは、常に少数で、互いを見分ける。

ぱず
女性はバラード歌ってる幾田りらさん
もっとみる 
話題の投稿をみつける

あっき

じょう

実鳥

の

カルカ

しまぴ

ャー

アユレ
ふと思う
親ガチャとか言うけど
その親じゃなきゃ
そもそもあなたは生まれなかったのだよね
有名人とか他の憧れの理想の親や家庭からは
あなたは生まれない
そこがあなたの場所なんだよね
そして
#子ガチャ は
あなた達から
ちゃんと生まれた子なのだから
大切にしなきゃね♡

枝毛

てら🍵
もっとみる 
関連検索ワード
