信じるという行為においては、「何を信じるか」と同時に、「誰を信じるか」が問題となる。また今度触れることになると思うけれど、パスカルの有名な「賭け」の議論は、「何を信じるか」に直接アプローチするものであり、その点で特異な議論ではあるが、しかし著作全体を通しては、「誰を信じるか」を論じることに(当然ながら)苦心しているように見受けられる。