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りとる
常識もあるとは思ってる
だからこそ自分がずれてるし
自分がやばいなっていうのが
毎日実感する
それがほんとしんどくて辛い
自分の中でこれを晴らせばいい
あれをやればいい
そんなものが普通と湧いてくる
常識的に考えて無理だよな とか
今の状況的にはそれは無理だよな
とわかるからこそ
余計苦しいし
それをしてしまいたいという欲求
もすごくあって
日々葛藤してる
簡単に解決できないからこそ
悩んでこんなところで
グズグズしてるんだなと。
今思えば
そういうのをぶつけられる相手
チャンスはあったのかもしれない
けど相手のことを考えたり
相手の状況を聞いたり
自分のちょっとした不安が
大きくなって
それに踏み切れずにいた
チャンスを台無しにしたのは
自分なのかもしれない。
いつまでこんなことつづけるんだろ
情けない
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すぴ
今日はそんな日[照れる]
きっとまた
成長するんだよね🍀

si
しかもこたつ布団と敷布団のところで いろいろつんでるやろー 仕事も行かれへんから給料もないのに 今年に入っていいことないやん

Carl Uncle
その言葉は、被害者遺族として極めて自然な感情であり、否定されるものではない。
しかし一方で、過去には、
学校の校長就任をめぐり忖度が指摘される状況の中で追い詰められ、自ら命を絶ったとされる人物がいた。
その人物の夫の葬儀は、国葬として約12億4千万円もの公費を用い、盛大に執り行われた。
一方で、命を絶った当人の葬儀は、限られた関係者の間で静かに行われている。
また、この国葬をめぐっては、世論調査などで国民の半数以上が「国葬を行うべきではない」との意思を示していたとされる。
それにもかかわらず実施が進められ、その過程では、焼身自殺未遂という極めて痛ましい形で反対の意思を示した人がいたことも、私たちは忘れてはならない。
この一連の対比は、命の重さや扱われ方が、
立場や権力、そして「公」と「私」の線引きによって大きく異なってしまう社会構造の存在を、私たちに突きつけてはいないだろうか。
「誰の命が公的に悼まれ、誰の命が語られないのか」
「誰が記憶され、誰が沈黙の中に置かれるのか」
善悪を単純に二分するのではなく、命と責任、そして権力の在り方について、私たちは立ち止まって考える必要があるのではないだろうか。
#政治と倫理
#公と私
#国葬を考える
#公費の使い道
#沈黙される命

リビン・ティー

( ◜𖥦◝)

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