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げんぞう

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外国人が居合を、格闘から長物までの技術の核心ととらえているのは、居合がもともと腰之廻と言われる、腰刀のみを身に付けている場合を想定した武術に起源があることからだと思いますが、中国式の内功鍛錬と考えるのは、現代の一般的な居合道的な居合を見てそう思ったのか、もっと古い時代の静かにゆっくり稽古する居合を見てそう思ったのか、何を見てそう感じたのか興味深いです。

以前も投稿しましたが、居合は流派によって性質が大きく異なります。
前述した腰之廻の技術を色濃く残した流派は、柔術的な技法も多く、刀を抜かずに相手を制する技なども多いです。
対して、剣術の流派に腰之廻の技法が取り入れられていった流派では、刀を抜く技法を中心に剣術へとつなげる技術として発展しました。現在一般に居合と言われているもののイメージはこの系統の居合だと思います。

一方、柔術や剣術とは一線を画し、抜くことだけを追求した流派もあります。
だからといって速く抜く稽古をするかというとそうではなく、ゆっくりゆっくり稽古して見えない抜き、速さでは到達できない抜きを稽古します。

どれが正しい居合というものはなく、どれもが居合です。
現代の感覚では「居合」と言うとスポーツのように一つの形の決まった競技だと思いがちですが、野球とサッカーがともに「球技」であるのと同様に「居合」の流派にもそれほどの違いがあります。
そういう部分をまず居合を稽古している人に理解してもらいたいです。
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