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くまちゃんと呼んでね

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凸凹
「もうちょっと早くに、気がついてくれよ」
父は若い頃、自分の父親――つまり私の祖父――が大嫌いだったらしい。 祖父は戦争から帰ってきて、酒に溺れ、夕方になると「憧れのハワイ航路」を歌いながらフラフラと帰宅し、 「酒はどこだ!」と怒鳴って家族に鉄拳を振るう人だった。 押し入れに南京錠をかけて酒を隠しても、ぶっ壊して取り出して飲むくらいの勢い。 きっと戦争の血生臭い記憶が、祖父の心を蝕んでいたのだろう。 父は、そんな祖父を見て「俺は絶対あんな風にはならない」と心に誓い、 高校卒業と同時に猛勉強して東京に出てきた。
大学を卒業し、上場企業に就職し、母と出会って結婚した。 「違う人生を歩む」――それが父の決意だったはずだ。 なのに、私が子供の頃の家は修羅場だった。 父の思い通りにならないと「馬鹿野郎!出てけ!」と怒鳴り、 ちゃぶ台を返し、茶碗を投げつけ、 夏休みの宿題すら戸塚ヨットスクール並みのスパルタで鉄拳制裁。 学校の先生からも怒られることが多かった私は、 勉強や押し付けられることが大嫌いで、いつも逃げ回っていた。 父は祖父の影を振り払おうとしたのに、 結局、同じような怒りの形を繰り返してしまった。 36年前、祖父が亡くなったとき、父はぽつりと呟いた。
「俺、親父と同じになってる…」
その言葉を聞いて、私は胸が痛くなった。 父自身も、どこかで気づいていたんだ。 でも、気づいたのは遅すぎた。 10年後、私の弟は「あんな風にはなりたくない」と言って親元を離れた。 今は奥さんのご両親と一緒に、穏やかに暮らしている。 弟は立派に連鎖を断ち切った。
願わくば、弟の息子たち――私の甥っ子たち――が、 祖父や父のような衝動を受け継がずに、 健全で、健康で、人の気持ちがわかる子に育ってくれればと、 いつも祈っている。
私はというと、若い頃は「理想の、愛のある家庭を築きたい」と思っていた。 でも、低賃金とメンタル疾患、貯金もない現実を前に、 「土台無理だ」と気づいてしまった。
三十路の頃、母から「あんたなんかにゃ結婚なんてできないよ」と散々言われた。 最初はイラッとしたし、人格を否定された気がした。 でも今振り返ると、あの選択は間違っていなかったと思う。 無理に家庭を築いて連鎖を繰り返すより、 独りで生き抜く道を選んだことが、 結果的に自分を守り、次の世代を守ることにつながったのかもしれない。
父は今、那須の畑で静かに土をいじっている。 農家のおじさんも、息子さんがメンタル疾患を抱えていると知って、 私の若い頃のことも少しずつ理解してくれ、同情してくれた。 父も歳を取って、ようやく「怒らなくてもいい」って場所を見つけたんだろう。 でも、私はまだ心の中で呟いている。 「もうちょっと早くに、気がついてくれよ」 あの頃の私たちが、一番欲しかったのは、 穏やかな父だった。 優しい言葉だった。 怒鳴り声じゃなくて、抱きしめてくれる腕だった。
父は今、穏やかになった。 それでよかったと思う。 でも、あの頃の傷は消えない。 それでも私は生きている。 連鎖を「見つめて」、 「ここで終わりにする」と決めて。 甥っ子たちに、 「こんな風に生きてもいいんだよ」 って、いつか伝えられたらいいな。
(了)


お妊婦
今妊娠中だから車で我慢してる


たけし
隣の車にドアパンチされた
警察に届け
物損事故で処理
勢いよく開けたのか
凹み目立つ
明日には相手の保険会社からレンタカー用意されますが
年末年始があったので
3週間くらい時間必要
#ドアパンチ



りり
これから警察と話します
前見たのは夜だったけど、明るい時にみると余計やばいな。
#当て逃げ


Zz

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