投稿

新一
冬も元気だ
雪合戦
関連する投稿をみつける

妊婦のひとりごと
たまに「ぐぅ…」って声漏れる笑
まだもっと強くなるのね。肋骨ヒビいくこともあるとか。
楽しみな、怖いような?[ほっとする]

ラブカ
👦「バスのワイパー キュッキュッキュ」
と歌うので、ひぐちカッターを覚えさせた笑
👦「いぐちかったー!」
👩爆笑
#2歳9ヶ月
かぬた
わからないけど、どうなんやろな笑
まだ子供っぽい声かも

あや💐
市長(当時、中年男性)からの一言に私はひどくショックを受けた。
この時期になると思い出す。
31歳だった私は「いつ子供を産むか」について真剣に考えていた。
25歳で結婚、27歳で退職してからというものなかなか子供を授かることができなかった。
もしかしたら今後も授かることができないかもしれない。
もしかしたら授かるかもしれない。
どちらにせよ、このまま何のキャリア形成もせずにただ年齢を重ねて良いのだろうか?
正社員として働くことを考えると年齢的にもラストチャンスなのではないかと考えていた時に「氷河期歓迎、市職員募集」の文字を市報で見つけた。
地方公務員試験ではなくSPIテストと小論文による学力試験、しかも氷河期歓迎と書かれた募集要項。(ニュースにも取り上げられ、多くの人が受験をした)
試験までわずか1ヶ月。
「私ならできる!」
「可能性がゼロでないのならやってやる!」
フルタイムのパートで働きながら朝晩に時間を作って猛勉強した。
結果、学力試験通過→一次面接→二次面接→最終面接(市長)と順調に進んだ。
「もしかして市職員になれる?」と期待して臨んだ最終面接。
市長から「⚪︎⚪︎市に実際住んでみての感想は?」とたずねられ、感想を述べると
「なんや、子供おらんのか。」と言われてしまい、「そうですね…」と返すほかなかった。
私は残念ながら市職員になることはできなかった。最終面接に進んだ2人に1人が採用されたというのに…。
最初の自己紹介で緊張しすぎてうまく話すことができなかったからだと自分を慰めたが、子供がいないことに触れてはほしくなかった。
年齢的にとても悩んでいたから。
その後、⚪︎⚪︎市は子育て支援に力を入れるようになり、私も娘も大変お世話になっている。
当時の市長は過去の不祥事が明るみになり、市長の座を降りた。
あの時私が市職員になれていたら、もっと経済的に余裕があったんだろうなと今も思う。
でもそうなっていたら娘はいなかったかもしれないのだから…
前を向くしかないんだ。
英雄の証 (Live)

なっちゃん(*Ü*)
とりあえず風船遊びしようか
あとはねぇねの赤えんぴつを買いに出なきゃ…
猫たちは元気いっぱい遊んでるからホカペは切っちゃお。
もっとみる 
話題の投稿をみつける

ヤスモ
上林誠知
馬場皐輔
今野龍太
同世代の宮城県の高校球児が4人も今も現役で頑張ってるの誇らしいよ

准音さ

松原

トンベ
ファンの鑑やで。。

白米

ひろき
#ぶいあーる

ざぶと

まっく

ぷっぷ

みつ
もっとみる 
関連検索ワード

