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KANA
わかる人いるかな?
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しーちゃん

こ〜ちゃん🌱
母が、体に不自由があっても、できるだけ一人で生活できるようにするためだった。
家の中に手すりを付け、洗濯機の位置を変え、
ほんの小さな動作でも「自分でできること」を一つずつ増やしていった。
靴が履けるようになり、靴下も一人で履けるようになった。
それは他の人から見れば些細な変化かもしれない。
けれど母にとっては、確かな「自信」と「誇り」だったと思う。
「もう大丈夫だな」
家の中は、思いつく限り安全に整えた。
そろそろ帰れる、そう思えた頃、
最後に一日だけ、時間の余裕ができた。
その日、私が向き合ったのは、裏庭にある小さなウッドデッキだった。
庭の地面から50センチほどの高さ。
手すりは膝ほどの高さしかなく、足元も心もとない。
退院前の家屋調査では、
理学療法士さんも、ケアマネさんも、
口を揃えて「ここには出ないでください」と言った場所だ。
それでも母は、外へ出ようとした。
理由を聞くと、そこには植木鉢があり、
昔から自分で水やりをしてきたという。
柄杓を持って、庭の水道まで行き、
一鉢一鉢、声をかけるように水をあげていたらしい。
今は冬。
花は咲いていない。
けれど母にとって、あの植木鉢は
思い出であり、日常であり、
生きてきた時間そのものだった。
「危ないから」と、
閉鎖することは簡単だった。
でも私は思った。
母の残りの人生は、決して長くはない。
その中で、
外の空気を感じ、庭を眺め、
「今日も水をあげよう」と思える時間を奪っていいのだろうか、と。
安全のために禁止するのではなく、
安全に楽しめる形を作ろう。
そう決めて、私は2×4の木材を何本も買ってきた。
フェンスは腰の高さまで上げ、
庭へ降りる危険な降り口は閉鎖した。
その代わり、ウッドデッキには安心して出られるようにした。
水やりは、
ホースと散水ノズルを取り付けた。
ウッドデッキの上から、
庭の木も、植木鉢も、無理なく水をあげられる。
すべてが完成した日、
母はそっとウッドデッキに出た。
冷たい空気の中で、
庭を見渡し、
ホースを手に取り、
ゆっくりと水を撒いた。
その背中は、
「守られる人」ではなく、
「自分の暮らしを生きている人」だった。
私はその姿を見て、
このDIYが、ただの木工ではなかったことを知った。
それは、
母の人生に、
もう一度「喜びの居場所」を作る作業だったのだと思う。
禁止しなかったこと。
諦めさせなかったこと。
そして、できる形を一緒に探したこと。
春になったら、
きっとここで庭を眺めるだろう。
その時間が、母にとって
静かで、穏やかで、
確かな幸せでありますように。









🧌煩悩まみれのニキ
なにが悲しくてこんな時間から仕事に向かわにゃならんのや。
今年こそ人生の岐路にたち会えれば幸
こんなクソみたいな人生はクソ喰らえだよっ🖕

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