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とる

とる

もし生まれ変わりがあるなら、次はどんな人生を送りたい?もし生まれ変わりがあるなら、次はどんな人生を送りたい?
森進一と森昌子の息子に生まれ、ジャニーズを経験し、その後超人気ロックバンドのボーカルになる人生
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加藤

加藤

音楽とか、何を聴くことが多いですか…?音楽とか、何を聴くことが多いですか…?
そうですね
最近はレトロな曲を聴いています
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Lys

Lys

春の中あなたを見た見惚れていた夏模様の中で
移ろう街と逆に青のまま募る心

多分俺にとって忘れられなくなる歌詞。
楽しかったな
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ひつじ

ひつじ

私のなかでゲラの人は、ちゃんと自分軸で生きている人なんじゃないか説が浮上している

ゲラの人、つまり笑う時ゲラゲラ笑う人

そういう人を見た時、その場の空気がパッと浄化されていくような感覚になった時がある

ゲラで笑う人って、腹から笑っている

腹から笑うって事は魂から笑っているって事なんじゃないかと思ったの

魂で生きているって事は、他人軸の人生じゃなく自分の人生を生きているってことなんじゃないかと思った[照れる]

腹から笑えるってすごくない?[大笑い]

ゲラの人をこれからも観察していこう[ほほえむ]
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口座爆発

口座爆発

【アルバイトの思い出】
私はアルバイトが好きだった。「今振り返ると好きだった」という書き方の方が正しい。アルバイトをしていた当時は全く以て好きだとは言えなかったからだ。アルバイトの面接に行くと志望理由を聞かれるが「アルバイトをやる目的なんて小遣い稼ぎ以外あんのか?」と心に秘めながら、そんな真理を発しては採用されないので、口から出まかせをペラペラ喋って採用されていた。
人生で初めて行ったアルバイトは16歳の時だった。その頃は部活に精を出していたので、レギュラーでバイトに入ることはできなかったから、単発日払いの工場での軽作業だった。夏休みだったと思う。
軽作業の単発バイトなんて今の時代ネットを駆使したらいくらでも出てくるのだが、当時のバイトの探し方と言えば、駅のホームに無料で置いてあるタウンワーク的なやつを眺めるという探し方だった。
大人になって考えてみれば直接工場で雇ってもらうのが簡単で最適な働き方だとわかったのだが、16歳の自分にそんな知識もないので派遣会社に登録をした。謎のマンションの一室で登録の作業をした。めちゃくちゃ怪しげなマンションだったから、未だ覚えている。バイトってこんな手続き面倒なのか…怪しげなマンションで…とか思っていた。登録後数日して「どこそこの工場行ってください」と言われて、何をするんだか分からないままバイトに向かった。自転車で行ける距離にあって、夏の暑い日にエアコンも効いてない工場での作業だった。
過酷な環境に嘆くというよりも、初めてのアルバイトという緊張の方が勝っていたから、ミスしたら怒られないだろうかとか、作業のことが分からなかったらどうしようとか、怯えていた。なんとウブで純朴だったのだろう。若さというものはあまりに儚い。
さて人生初のアルバイトではどんな作業をしたかというと、お中元をひたすら四角い板に積み上げて、それをラップでぐるぐる巻きにするというものだった。綺麗な積み方を教えてくれるおじさんのおかげで作業はスムーズにいった。単発のバイトに行くといつも思うのだが、明らかに社員ではないのだが熟練の技を持つ「単発の主」みたいなおじさんが必ずいる。なんなら社員より詳しいみたいなこともある。
単発の主には何種類かのパターンがある。厳格に仕事を遂行させる人、手の抜き方を教えてくれる人、文句ばかり言ってる人。厳格マンはこちらの仕事ぶりが気に入らないと当たりが強くなるので非常に疲れる。手のぬき方を教えてくれる人は、時にありがたい。文句ばかり言ってる人はつまらない。そんな風に思う。
話を戻すと、私の人生初のアルバイトは丸一日お中元をテトリスみたいに積み上げて日給7500円くらいだった。
今の金銭感覚ではかなり安いと思ってしまうが、16歳の私にとっては7500円は大金だった。お小遣いというものを親から貰っていなかったので、7500円は本当に嬉しかった。
何に使ったのかも覚えている。私の住む町から伊豆まで往復で3000円で行けたので、伊豆の海を見に行った。海はすべてを包んでくれる。どんな人間も平等に。 
残りの4500円はたぶん部活で使うグリップテープとかを買ったと思う。今じゃこんな有意義な7500円の使い方はできない。アルバイトが私は好きだった。
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