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ぱんてら
- ふつうの子ども
- 小学校 それは小さな世界
- みんな、おしゃべり!
- ラヴ上等
- 映像研には手を出すな 10巻
などを摂取した。
他にもあるのだけど、特に心に残っているものたちを挙げた。
なんとなく、解像度という言葉が頭に浮かぶ。
“ふつう”への解像度。
『ふつうの子ども』では子どもたちが事件を引き起こしてしまうが、その過程も子どもたちもとても“ふつう”であった。
”ふつう”という言葉が年始早々に頭にこびりついたのはこの映画の影響だ。
『小学校』では(私たちにとって)とても“ふつう”の小学校生活が営まれる様子が描かれる。
『みんな、おしゃべり!』ではろう者やクルド人、CODAなどの一見“特別”なように見える人たちの“ふつう”が垣間見えた。
当たり前だけど、ダメな人たちもいるし、いい奴もいるし、そもそも人間はいい奴悪い奴で簡単に振り分けられるようなものでもない。
面倒くさいときは面倒くさいし、それはさておき誰かを助けたいと思うこともある。
そんな当たり前を再認識させてくれる。
『映像研』では浅草氏たちの過去が立て続けに出てくるが、みんな“ふつう”に異常だ。
魔窟の人々もまた現代日本においてとても“ふつう”だろう。
『ラヴ上等』に関しては少し例外で、作品からは“異常さ”を感じていたことが多かったし、ヤンキー文化について無知なので解像度についても分からなかった。
ただ、作品内でとくに感情を発露させていてとても脆く見えたおとさんのことと、恋愛リアリティ番組の持つ残酷さや恐ろしさについて考えていた。
鑑賞後におとさんのTwitterでの投稿を見かけて、えらく感動した。
おとさんという一人の人間を見くびっていたことにも気がついた。
あの作品に出ている人たちは”異常”に見えていたけど、当たり前に”ふつう”の人たちなんだ。
(余談だけど、妻におとさんが心配だと話したら、おっさんは自分の将来の心配をしとけと言われた)
---
これらの作品を通して、”ふつう”っていうのは解像度の問題なんだと思った。
『ふつうの子ども』でいうと、起きた事件は確かに怪我人まで出る”異常”事態なのだけど、その過程をつぶさに見ていくと”ふつう”の連続なのだ。
そこにジャンプはない。
人と人との違いなんていうのは本当は微々たるもので、しかしその積み重ねによって大きな差異が生まれてしまっている”ように見える”のではないか。
もっと解像度を上げて見ていけば共通点や違いが見えてきて、妥協点というのも見つかるし、見つけていかねばならないのだ。
なんて思った1月だった、まだ半ばだけど。
最後に『映像研』の浅草氏のセリフ。
「人間のことで考えるコストを減らすな!!わざとバカになるな!!人間を尊重しろ!」
だそうです。

🌸りりな🌸

なるといちご大福
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#やっぱ神宮10thの夏も乃木坂だな

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セーンセイとは何ですか?
セーンセイは、主に日本のアニメやマンガの中で使われる言葉で、特にキャラクターの名前やタイトルに見られることが多いです。以下にその特徴をまとめます。
意味: セーンセイは「先生」を意味し、教育者や指導者を指す言葉です。特に、尊敬の意を込めて使われます。
使用例: アニメやマンガでは、キャラクターが教師や指導者として描かれることが多く、そのキャラクターが「セーンセイ」と呼ばれることがあります。
文化的背景: 日本の教育システムや文化において、教師は非常に重要な役割を果たしており、学生からの尊敬を集める存在です。このため、セーンセイという言葉には特別な意味合いがあります。
このように、セーンセイは単なる言葉以上のもので、教育や指導の重要性を反映した文化的な要素を持っています。
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