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エビシー
「これは戦争だね?だったら戦争省の出番だ。対価払えば力貸してやるよ?武器買う?」
日本が戦争の当事者になり主体になるということ。アメリカの安全保障の傘に隠れていられる時代は終わったんだな。
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いち
右折待機中(完全にブレーキは多分踏んでない時)に後ろから衝突された。
車はレッカー。あぁ、1年半しかお供してないのに。
でも身を挺して守ってくれたんだねって思うと泣けてくる。
病院では、骨に異常はないけど、ムチウチこれから来るって。
初めてだから、びっくり。
追突時呼吸できないし。
手痺れるし、腰痛いし。
そんな中保険会社、警察とのやりとりがしんどすぎる。
でも、警察の方も救急隊員の方、優しくて泣けた。
10:0にできるかなあ、
ドラレコは録画してなかったし。
はあ、色々しんどー
ぱんてら
- ふつうの子ども
- 小学校 それは小さな世界
- みんな、おしゃべり!
- ラヴ上等
- 映像研には手を出すな 10巻
などを摂取した。
他にもあるのだけど、特に心に残っているものたちを挙げた。
なんとなく、解像度という言葉が頭に浮かぶ。
“ふつう”への解像度。
『ふつうの子ども』では子どもたちが事件を引き起こしてしまうが、その過程も子どもたちもとても“ふつう”であった。
”ふつう”という言葉が年始早々に頭にこびりついたのはこの映画の影響だ。
『小学校』では(私たちにとって)とても“ふつう”の小学校生活が営まれる様子が描かれる。
『みんな、おしゃべり!』ではろう者やクルド人、CODAなどの一見“特別”なように見える人たちの“ふつう”が垣間見えた。
当たり前だけど、ダメな人たちもいるし、いい奴もいるし、そもそも人間はいい奴悪い奴で簡単に振り分けられるようなものでもない。
面倒くさいときは面倒くさいし、それはさておき誰かを助けたいと思うこともある。
そんな当たり前を再認識させてくれる。
『映像研』では浅草氏たちの過去が立て続けに出てくるが、みんな“ふつう”に異常だ。
魔窟の人々もまた現代日本においてとても“ふつう”だろう。
『ラヴ上等』に関しては少し例外で、作品からは“異常さ”を感じていたことが多かったし、ヤンキー文化について無知なので解像度についても分からなかった。
ただ、作品内でとくに感情を発露させていてとても脆く見えたおとさんのことと、恋愛リアリティ番組の持つ残酷さや恐ろしさについて考えていた。
鑑賞後におとさんのTwitterでの投稿を見かけて、えらく感動した。
おとさんという一人の人間を見くびっていたことにも気がついた。
あの作品に出ている人たちは”異常”に見えていたけど、当たり前に”ふつう”の人たちなんだ。
(余談だけど、妻におとさんが心配だと話したら、おっさんは自分の将来の心配をしとけと言われた)
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これらの作品を通して、”ふつう”っていうのは解像度の問題なんだと思った。
『ふつうの子ども』でいうと、起きた事件は確かに怪我人まで出る”異常”事態なのだけど、その過程をつぶさに見ていくと”ふつう”の連続なのだ。
そこにジャンプはない。
人と人との違いなんていうのは本当は微々たるもので、しかしその積み重ねによって大きな差異が生まれてしまっている”ように見える”のではないか。
もっと解像度を上げて見ていけば共通点や違いが見えてきて、妥協点というのも見つかるし、見つけていかねばならないのだ。
なんて思った1月だった、まだ半ばだけど。
最後に『映像研』の浅草氏のセリフ。
「人間のことで考えるコストを減らすな!!わざとバカになるな!!人間を尊重しろ!」
だそうです。

なべ


ザッキー


臼井優
伎楽面: 奈良時代に伝来した伎楽(古代の仮面劇)の演目・仮面。鳥のような姿で、口に玉をくわえる。
信仰: 毒蛇除け、病気平癒、雨乞い(止雨法)などの祈祷対象。
国宝・文化財: 興福寺や東大寺などに像や面が残されている。
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別名: 金翅鳥(こんじちょう)、妙翅鳥(みょうしちょう)、食吐悲苦鳥(じきとひくちょう)。
音訳: ガルーダ(Garuda)の音写。
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