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排他的経済水域

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イジメの根源はいじめられっ子"にも"ある。人間社会という環境下、さらにその中の小さなコミュニティにおいて格差や内輪での不適応が原因で仲間外れや見せしめの標的になるのはいたって自然である。

いじめっ子=集団秩序の番犬だと考えれば、彼らにとっていじめられっ子は集団の和を乱す、もしくは集団の士気を下げる敵となる。つまりいじめっ子による排除行為を否定することはその自然摂理を否定することになるのでいじめ行為を良し悪しで判断すべきではない。

見て見ぬふりはその集団には属さないという意思表示、回避行為。また、いじめっ子が支配するコミュニティを含めた大きな社会をまとめる存在である教師がその排除行為に大して何の反応も起こさない、あるいは黙認している状態。つまり放任する教師となればもはや組織として破綻している。

いじめられっ子がイジメられるのが問題なのではない、イジメられ続けることが問題なのだ。

決してイジメを許容しているわけではない、イジメが発生することは自然であると考えた上でその集団とどう関わるかが重要だ。
悪を懲らしめるのではない、自身の無力さを悟った者は逃げることを覚えるべきだ。

害悪が0から1に移ったとき、その害悪を1から−1に下げるには0を越える必要がある。しかし害悪は素直ではない。
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コメント

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まだ番犬から目をつけられていない者、番犬が支配する集団に従っている者(上辺でのみ従っている場合も含む)が逃げてしまえば番犬やその取り巻きから裏切りと見做されるので逃げもしないでしょうね。

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ここで言う集団秩序の番犬とは、グループをまとめる者、つまりいじめを指揮する者という意味です。彼にとって不都合な行為(いじめられっ子を庇う行為)や彼に同調する行為(加担したり、いじめられっ子の存在自体を無視する行為)を起こせばそのグループ(いじめっ子が支配する集団)がもし崩れた際に自分にも不利益が生じる。それを回避するために行為そのものを俯瞰して否定も加担もしないという選択が私の言う"見て見ぬふりをして集団には属さない意思表示"です。

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のりあきさん
のりあきさん
なるほど、その理屈が理解できるなら確かに、属さないと定義することも可能ですね。 逃げる可能性を持ってそこにいるという考え方?
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のりあきさん

のりあきさん

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かなり考えが強引だと感じましたが、つまりは平和的思考ではもう太刀打ちできないほどのジャイアンが、暴れ出すということですか? おまえがのび太なら逃げるしかないと?

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排他的経済水域
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私の理論上、対抗する手段も共存することで得られる利益もないのなら将来起こりうる集団からの物理的干渉やそれに伴う不利益を避けるための逃亡が妥当だろうという考えですね。私はいじめそのものの善悪より、いじめが発生する原因や構造を理解したいと考えています。
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のりあきさん

のりあきさん

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いじめっ子の定義が、完全にいじめっ子に対してブーメランになってますね。 いじめっ子のほうが、集団秩序を乱してますよね?しかも、集団に敵を作っているのはいじめっ子です。 これでは集団秩序の番犬とは言えません。

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のりあきさん

のりあきさん

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見て見ぬ振りは、自己保身だと考えます。いじめられる側になるのを恐れるからでは? 集団に属していない訳ではなく、集団に属しながら見て見ぬ振りをしている。自己を護ために黙るでは?

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