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かな(日本語勉強中)
SNSの普及とともに、「嫉妬深さ」はしばしば軽蔑や嘲笑の対象となるようになった。
特に「メンヘラ」という言葉の登場以降、嫉妬や依存といった感情的なふるまいは、未熟さや面倒さと結びつけられ、「ああはなりたくないもの」とされる空気が強まっていると感じる。
だが、そもそも嫉妬は、本当に否定されるべき感情なのだろうか。
嫉妬は、人間の本能的な感情の1つだ。それは「失いたくない」という愛情の裏返しであり、また「自分もこうなりたい」という向上心の種にもなりうる。
つまり、嫉妬とは決して「悪」ではない。ただそれをどう扱い、どう付き合っていくかが問われている。
一方で、「嫉妬しない」と語る人もいる。
しかし実際には、そう語る多くの人も、無意識のうちに嫉妬を経験しているはずだ。
ただそれを認めない、あるいはうまく言語化できない。
感情とは“ある程度”は制御できても、“完全に”制御し切れるものではないのだ。
むしろ、嫉妬という感情を持つことは、人間らしさの表れであり、豊かな感受性のひとつともいえる。
感情が豊かな人は、ときに不器用に見えるかもしれないが、それゆえに人間らしい温かみを持つこともある。
当の私自身は、それほど嫉妬深い方ではないと思っている。束縛をすることもない。
ただ、誰かが異性と楽しそうにしている姿を見ると、ほんの少し胸がざわつく。けれど、その感情を表に出すことはしない。
それは、嫉妬を否定しているからではない。
ただ、自分の中にある感情として受け止めているだけなのだ。
「嫉妬を嘲笑する社会」に対して、私は少々抵抗を感じている。
感情を持つことは悪ではない。
むしろ、それをどう受け止め、どう振る舞うかこそが、人としての成熟を測るものなのではないのだろうか。
コメント
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おとん
面白いとは聞くけど、ARPGディスガイアしか真面目にやったことないんだよな〜
まあ面白くなくてもサブスクだしいっか、やってみよまた

とくご

みちゃ
…これは何の本ですか?

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