南三陸町の知人は生きてたし岩手にたまたま行ってた知人も生きてたけど東京の免震のビルで働いててもすごい揺れてこわかったし同僚も泣いてた職場から幕張まで歩いて帰った人もいた家近くて休まず働けたけど駅入るのに長時間並んだ取引先の人心配して会いにきてくれた勇気100%と第九聴いて泣いた
記憶喪失なのと口を開けば「最高だった」しか言えないんだけど、和田くんがキラキラした目で「SpeciaLって何年一緒にいても飽きない楽しいグループ」「次はもうこんなに待たせないよ」と言ってくれた事が全てだから もらったものを大切に、これからもすぺについていくよ