「勉強している」のは良いんだけど何かしらの成果や結果が形として出ていない限り、常に「つもり」や「ふり」がつきまとう。「出来ている」とは言えない。自分で「やっている」と言っている限りそれは絶対に出来ていない、人から言われるようになって初めて「している」になる。