該当する言葉がないから気という言葉を使うわけで、気には多くの意味がある上、権威あるものたちがそれぞれ「気とはこれである」と言いがちなのでシッチャカメッチャカになっているんですね。再定義する必要があると思いますが、まずは鍼灸で扱う気と気功で扱う気を分けるところからですかね。違うか