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Toshizo
人生を振り返り「もし、、、ならば」を脳裏から離れないとすれば、己の生き方に対する悔恨の念の塊だろう。
それはどこまで時を遡った結果なのか?
自分にもわからない。
もしかしたら生を受けた事そのものを否定しているのかも知れない。
いや、きっと自分の人生の道のりに対する、悍ましい言い訳に過ぎないとも想い続けている。
自分の生き方には、自分で責任取らなきゃいけないよね。
でも、人はコミュニティを求める本能を秘めている動物でもあるんだ。僕は強くない。誰かの助けを求めたい時だってしばし起こる。
ふと夜空を見上げる機会が多くなった。
僕の今までの生き方が間違いで全て消し去って欲しいと願いながら。
人は常に新たなものを求めて創造を繰り返し、創造物を初期化できるようにもした。
人生に初期化はできない、人はその事にもどかしさを感じて創造物にその術を付随させたのかも知れない。
僕は、己のまちがいさがしだけの言い訳だけに頼り、新たな人生の創造に考えが及ばない。
認めなければならない、僕は人生の道理の破戒を繰り返して大切にすべき人への「恩送」を忘れていた事を。
僕にこのまま生きる資格があるのか、
わからない。
#米津玄師 「まちがいさがし」
まちがいが本当は正しかったのだと
人生振り返る事ができるのが最高の
幸せなんだと、
僕は今になって気づいた。



まちがいさがし
コメント
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ラル

両面ガ
ガイジン入国の規制早よ

蛭ヶ呂
ピンピンですね…

ききぞ

あずま

卓する

トッキ

あきよ
ダッタノダトの背景は?
ダッタノダトは、特に日本の文化や歴史において重要な概念です。以下にその背景をまとめます。
起源と意味: ダッタノダトは、仏教の教えに由来する言葉で、「すでに存在している」という意味を持ちます。この概念は、物事の本質や真実を理解するための重要な要素とされています。
歴史的背景: 日本におけるダッタノダトの考え方は、平安時代や鎌倉時代に仏教が広まる中で発展しました。特に禅宗の影響を受け、物事の本質を見極めるための哲学的な枠組みとして重要視されました。
文化的影響: この概念は、文学や芸術、さらには日常生活においても影響を与えています。例えば、茶道や書道などの伝統文化において、ダッタノダトの考え方が反映されています。
現代における意義: 現代の日本社会においても、ダッタノダトは自己理解や他者理解のための指針として活用されています。特に、ストレスの多い現代生活の中で、心の平穏を保つための考え方として再評価されています。
このように、ダッタノダトは日本の文化や哲学に深く根ざした概念であり、歴史的な背景を持ちながら現代にも影響を与え続けています。

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たくΨ
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ココナッツのここな🥥
歌詞が素晴らしく切ないですね!
ミニ
自分の気持ちとリンクしてる感じがします。
インコッコ🐣🦜
おはようございます(^^)
໒꒱🌹み~🌹໒꒱
Toshizoさん おはようございます😊 今日もよろしくお願いします🤗 台風に気をつけてね😰 Toshizoさんにとって 良い一日になりますように🍀 ̖́-