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野良信長

野良信長

今2020年のほぼ日手帳(カズン)の投稿を友達に読んでもらった。彼女との、やり取りで自分の気持ちが見えたので記します。

これは不倫する前の私の日記。

投稿はモザイクにしたけれど、友達には撮ったそのままを送った。

びっちり書いてある。デコもしてある。予定も、家族のことも、毎日の記録も、ちゃんと詰まってる。

「この頃の私、家族に一所懸命だったんだよね」そう言ったら友達が言った。

「すごい。モザイク越しでも分かります。ぎっちり書いてて、それでいてデコもしっかり!」

嬉しかった。

でもね、手帳を見ながら私は泣いていた。

あの頃の私は、すごく素敵だった。必死で頑張ってた。眩しかった。そして、、、少し悲しかった。

悲しいのは、もうこの時の親子関係には戻れないこともある。 家族を裏切ったからね。この時の正しい私は愛しいけれど可哀想にも思う。それが悲しい。

なぜなら全部のページに家族のことは書いてあるのに私自身のことが書いてない。

友達にそれを伝えると「全部読んで、言われてみて思いました。一見素晴らしい日々に思えるけど、これ、ノラさん自身のことが書いてないんですよね・・・」

「嬉しい」「悲しい」はある。でも、私がどう考えたかがない。私が何を望んでいたのかがない。

考えなかったんじゃない。考えないようにしてたんだ。

私は「母」として「妻」として、家を守ることに必死で自分のことを蔑ろにしていた。自分の心を無視してた。自分が無視してるのだもの家族だって無視するよね。

あの時の私は正しく綺麗で愛しい。

でも可哀想だとも思った。

私はずっと「役割」だけを生きていたんだ。

母としての私。
妻としての私。
家の中の私。
もちろん、それも私。

でもそれが「全部」になった時、私は私を見失う。

友達が言った。「これがあるからこそ、これからの日記が楽しみです。どう変わっていくかが楽しみです。」その言葉に救われた。

昔の私は心さえ自由ではなかった。

でも今は違う。役割を捨てるんじゃない。放棄するのではない。与えられた役割を自覚して生きる。

与えられたものではなく「選択した役割」にしていく。

「これでいいんだ」と思い込まない。

「これがいいんだ」と無理に肯定しない。

ただ「これでやっていくんだ」と生きていく。

オトナ女子向上委員会の「女たちよ解き放たれよ!はノラさんにも向けたのものだったのですね」と教えられてハッとした。

この言葉は私自身に向けた言葉でもあったんだ。男の目線や社会的役割からだけではなく、自分が自分から「解き放たれよ!」もあるんだよね。だから、あんなにも力強く言ってるんだな笑

言葉の後に気持ちに追いつくこともある。

これからも私は私を取り戻していく。

未来の私が読むために、私は今日も書く。

そしてあの頃の私に 「頑張ってたね」「もう十分だよ」 って言ってあげられるようになったら、あがりだな。
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