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あいみー
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ずぱえ🎨
「ガチ歌発表会First」を聴きに来てくださった皆様、そしてイベントに関わってくださったすべての皆様、本当にありがとうございました!!
これだけたくさんの歌好きの人たちが集まって渾身の歌を披露してくださって、それをたくさんの人たちが楽しんで聴いている。本当に幸せな空間でした。
「発表会」として自分の歌唱を磨き上げてきただけでなく、イベント全体を盛り上げようという気持ちがこもっていて、MCの我々も終始ワクワクしながら楽しんでいました。
本当にみなさん素晴らしい歌唱でした✨
その歌唱に我々が点数をつけるということに違和感を感じる人もいらっしゃっただろうと思います。
自分でもやりながら恐れ多い気持ちでいっぱいになったし、この素敵な歌を数値化なんてほんとにできるのか?という気持ちにもなりました。
それでも出演者の皆さんから「ためになった」「出てよかった」という声をたくさんいただけたり、聴いてくださったゲストの方からも「聴いてて楽しかった」という声もたくさんお見かけして、やっぱりやってよかったなと感じています。
今回の点数は私ずぱえとニカがみなさんの歌唱を聴いた際の個人的な感覚を数値化したものにすぎません。
2人のつける点数に差があったのと同じように、他の人はまた違う感想を持つと思います。
色々な人の心に違う形で届くのが「歌」だと思いますが、その中のひとつの形として我々の点数を捉え、歌を磨き上げる何かしらの材料にもしなれば幸いです。
そして今回最高得点となり、MVPに輝いたのは@꧁꧂りこりす꧁꧂ さんです!!
おめでとうございます!!🎉
次回「ガチ歌発表会Second」は1/24!
次回も素敵な出演者さんたちが控えてくださっています。
お楽しみに!!



ヤマちゃん
回答数 35>>
アンナ・クラムスキー
「ホーム・アローン」の人も出てます。


おまえの彼女(仮)

吉田賢太郎
昔は、世界がもっと「無差別」だった。
君たちの住所も、誰かの家の電話番号も、
分厚い本の中に、無防備に並んでいたんだ。
それは「自己責任」という名のサバイバル。
騙されたら、自分が未熟。
傷ついたら、自分が弱い。
そんな風に、突き放されるのが当たり前の、
少し乱暴で、けれど自由な野原だった。
今は、世界がとても「丁寧」になった。
個人情報は鍵をかけられ、
誰かを傷つける言葉や、賢者のようなマウンティングは、
見えないルールで、優しく、厳しく、禁止されている。
君たちは、生まれた時から
「多様性」という名の、透明で美しい鎧を着ているんだ。
でも、覚えておいてほしい。
鎧がなかった時代の僕たちは、
傷つく代わりに、自分の足で立つ「野生の知恵」を持っていた。
正解がないからこそ、自分で道を作るしかなかったんだ。
今の君たちは、たくさんの正解に囲まれている。
でも、その鎧の中にいる「本当の自分」まで、
誰かの決めたルールに預けてしまわないで。
多種多様なこの時代、
「自分は何者か」を自分で決める権利を、君たちは持っている。
それは、昔の僕たちが喉から手が出るほど欲しかった、
本当の意味での「自己管理」という名の自由だ。
守られた世界で、羽を休めてもいい。
けれど時々は、その透明な鎧を脱ぎ捨てて、
自分の心だけを信じて、
名もなき野原を走る強さを、忘れないでほしい。
中高生への情報伝達のポイント
このポエムには、以下の「本質」を込めています。
昔の無差別さ: 利便性と引き換えに、プライバシーという概念が希薄だったこと。
自己責任の本質: 守られない厳しさがある一方で、他人に依存しない強さが育まれたこと。
現代の多様性: ルール(マウンティング禁止など)によって、個人のアイデンティティ(パンセクシャル等)が守られやすい環境になったこと。
メッセージ: 「守られていること」に甘んじるのではなく、守られた環境を活かして、自分自身の軸(アイデンティティ)を確立してほしいという願い。

なぴこ

抹茶らて

なお
イサクって、どんな人だったんだろう?
聖書を読み始めた頃、僕はイサクのことを、どうしても「アブラハムの子」や「ヤコブの父」としてしか見られませんでした。
でも、モーセ五書をゆっくり学ぶうちに、ふと気づいたんです。
この人の生き方は、なんて「ほっと」するのだろう、と。
井戸を掘り直す、優しい選択
今日、僕が深く見つめたいのは、創世記26章18節から22節までの箇所です。
イサクは、父アブラハムがかつて掘った井戸を、再び掘り直します。
ところが、ゲラルの牧者たちが「この水は俺たちのものだ」と主張し、争いが始まる。
普通なら、ここで権利を主張し、戦うかもしれません。
でも、イサクは違いました。
彼はその井戸を「エセク」(争い)と名付け、そっと去ります。
そして、新しい井戸を掘る。また争われる。彼はそれを「シトナ」(敵意)と名付け、また去る。
三度目に掘った井戸には、もう争いは起こらなかった。彼はそれを「レホボト」(広い場所)と名付け、こう言います。
「今や、主は私たちの場所を広げてくださった。私たちはこの地で繁栄する。」
ヘブライ語が教えてくれる、心の動き
ここで、僕はヘブライ語の原文に触れてみました。
イサクが名付けた「エセク」(עֵשֶׂק)は、「争い」や「訴訟」を意味します。
「シトナ」(שִׂטְנָה)は、「敵意」や「憎しみ」。
そして「レホボト」(רְחֹבוֹת)は、「広い場所」や「自由な空間」。
これらの名前は、ただのラベルじゃないんです。
イサクが、その瞬間に感じたことを、静かに言葉に刻んだのだと思います。
争いを避け、敵意から離れ、最終的に神が与えてくださった「広がり」を受け入れる。
彼の心の歩みが、名前となって残されている。それを知った時、僕は胸が温かくなりました。
僕がイサクから学んだこと
イサクは、自分の権利を大声で主張しませんでした。
井戸を奪われても、怒りに任せて反撃せず、ただ静かに去り、新たな場所を探し続けた。
それは、弱さではなく、深い信頼があったからではないでしょうか。
「神が必ず道を開いてくださる」という信頼。
現代の僕たちは、少しでも理不尽を感じれば、すぐに戦おうとしてしまう。
でも、イサクの姿は、違う選択肢を教えてくれるように思います。
争いのただ中で、一度深呼吸をして、そっと一歩引いてみる。
それだけで、心が「ほっと」軽くなる瞬間がある。
イサクの物語は、そんな穏やかな知恵を、そっと差し出してくれている気がするんです。
あなたの「井戸」は、どこにありますか?
今、あなたの生活の中に「争い」や「敵意」を感じる場所はないでしょうか。
イサクのように、一度名付けて、そっと距離を置いてみることは、できないだろうか。
神が開いてくださる「広い場所」は、きっとどこかにある。
僕自身、そのことをイサクから教えられ、まだ学びの途中です。
モーセ五書には、こんなふうに「ほっと」させられる物語が、まだたくさん眠っています。
僕も日々、新たな気づきを与えられ、驚きと感謝の連続です。
もし、このイサクの物語に少しでも心が動いた方がいたら、ぜひオリジナルの聖書の言葉に触れてみてください。
気になった方は、ぜひAmazonで「モーセ五書 マンガ 石川尚寛」と検索してみてください。無料で読めますし、続きもどんどん公開しています。
僕のマンガ版では、イサクの穏やかな表情や、井戸をめぐる情景を、ビジュアルで感じていただけるよう心がけています。
一緒に聖書の世界を味わい、学びを深めていきましょう。
#モーセ五書マンガ
#創世記からはじめよう
#無料で読める聖書


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