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⚖️りゅうた⚖️
スタイルはモデルみたいだし、
お顔も綺麗だった。
巻き髪でネイル長くて鬼のように細くて、という典型の人だったが・・・・
言動がまるで業者扱いで萎えた笑
東京駅まで迎えに行ってソフトも俺が買って、全てやってたのに、知り合いからお願いされたからやってるとはいえ、弁護士までつけたのに、
やってる時は、放置して飯食ってるし笑
あれってお姫様思考だなぁと思った。
これって俺がおかしいのか教えて欲しいな
そこまで俺がする必要ないよね?笑
事務所まで夜中に呼んで、
6時間拘束されてるわけだし。
慈善活動で。
お金目的で人来てますよね?の一言にカチン来て、用が終わったら、即帰ってもらったが笑
あの手の人なんて銀座にうなるほどいるし、
特段、話す価値も感じなかったな⤵⤵
こういうのに不快感覚えるのって、
俺が問題なんでしょうか?
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「農家は金持ちになった」
と言われるようになった背景には、
感情論ではなく、はっきりした構造がある。
まず前提として。
戦前の農村は決して豊かではなかった。
多くは小作農で、土地を持たず、
重い労働をしても収穫の多くは地主に渡る。
努力しても抜け出せない貧困が、構造として存在していた。
戦後、この構造が大きく転換される。
農地改革によって、小作農は土地を持つ自作農になった。
ここで初めて
「働いた分が、そのまま自分のものになる」
という状態が生まれる。
戦後、農家が豊かになった理由は
「頑張ったから」だけじゃない。
構造的には、次の要因が重なっている。
1. 農地改革で土地という資産を得た
2. 食料不足による価格優位
3. 土地・食料を持つことでのインフレ耐性
4. 都市化による地価上昇
5. 農協という金融・流通インフラの存在
つまりこれは、
国家設計によって意図的に生まれた中間層だった。
なぜこの設計が必要だったのか
この流れは偶然ではない。
戦後日本を設計した GHQ と日本政府の狙いは、かなり明確だった。
• 農村の不満を抑える
• 共産化を防ぐ
• 安定した民主国家をつくる
そのために選ばれた方法が、
「土地を持つ農民=体制支持層」をつくること。
社会の多数派である農村が安定すれば、
国全体も不安定になりにくい。
これは、かなり合理的な国家戦略だった。
だから、こう言ってもいいと思う。
長い時代ずっと苦労してきた 報われてもいい
問題があるとすれば、
誰かが報われたことそのものではない。
その後、
同じような再配分が、
別の苦労している層に起きていないことだ。
この話は、
• 今の日本の格差
• 都市と地方の分断
• 相続問題
すべてにつながっている。
歴史を見るとは、
誰が得をしたかを責めることではなく、
なぜその設計が必要だったのかを理解すること
なのだと思う。
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椎名

コウて

もん お

うみ🐳

ひろみ
差し入れお土産も多々あるだろうけど
クイズの出し方が秀逸でわかんないね
でもここまで正答率たかいな
#宮舘涼太
#ラヴィット
#ご当地カントリーマウムドボンクイズ
![[No.R]](https://cdn.gravity.place/virtual/portrait/online/20240308/924f3e8c-8ed0-4718-96ca-db750472a5d8.png?style=5)
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