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をわか
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たまかしわ〜

kj
あれから2年。何か変わったのかと問われれば、警告灯が新設されたりタワーにアラートシステムが導入されたりしているが、大きくは何も変わってないと思う。
やはり自分たち、翼に関わる一人ひとりが安全への意識を高め使命として、目的地までお客さまの笑顔を送り届けること、託された貨物を安全に送ること、これに尽きる。
翼に携わって20年以上になるが、『安全より優先すべきことは何もない』…これが翼屋としてのモットーとしてやってきた。
航空機に搭乗される方々、空と君とのあいだには安全を最優先に考える自分たち翼屋がいる、ということを忘れないでほしい。
空と君のあいだに

あこた

Tayupon


たるお

その
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ぬっく
#Gジェネレーションエターナル
#GジェネET


ぺこ
BO京セラ行きます

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藤崎🌞
同じはずなのに不思議だねぇ

きこう

りゅま

バロ
意見がマイノリティすぎるのかな

りす
マユリカのキスが見れて幸せな気分になりました
神吉さんありがとう
マユリカありがとう
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ちくたく
何か自分はその九鬼の訳には違和感があるのですが、どう言った意味で正解と感じておられるのかお聞できたり…?
をわか 投稿者
完全に専門外の者の意見でよければ…。 ハイデガーは『存在と時間』から後期に至るまで「歴史性」という言葉をかなり慎重に使っているように思います。(アナクシマンドロスの言葉における原-詩作のように)ただこの「歴史性」が何なのかは明確に示されてはいません。ですが、この「歴史性」と言葉の問題がハイデガーにおいて存在を根底から理解する、実存を形作る、その上で理解するといった「理解」の構造を大きく形成しているのではないかと考えました。 例えば九鬼は「いき」をアリストテレスと解釈学の概念(この概念という言葉もカント-シェリング-ヘーゲルを踏まえた上で慎重になる必要があると思いますが)で説明しました。
をわか 投稿者
九鬼ならその「能動的かつ体験的」な意味を持たせることの何がいけないのかと言い出しそうですが。実際『存在と時間』を新カント派からの地続きの著作としてみればそのように読めてしまう部分もあると思います。それに無理に後期の思想と紐付けなくとも味得や会得というのはフィヒテやシェリングがよく使う「根底、根源」的な意味合いも含むでしょうし。まぁ後は九鬼自身がハイデガーとのやり取りの中で何を考えたかなど色々あると思うのですが…。