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白菜練太郎
10年ぐらい前。初代のニャンコが、恐らく腎不全だと思うけど「ああ、もう長くはないだろうな」という状態だった。
仕事行ってる最中に死んだらかわいそうだなとは思ったけど休めない。
でも、エラいもんで、ワシが帰ってくるまでずっと待ってたんだ。
で、床に就いて、彼女がヨダレだらだらの中、となりで撫でてたら、安堵のようなため息をついてそのまま目の光がなくなっていった。
ちょっと触ってニャンモナイトの体勢にしてご安置とし、枕経してあげた。
翌々日に動物病院につれていき、マイクロチップを外してもらい、市役所で合同墓地に埋葬してもらった。
仏壇に彼女のマイクロチップ。そして読経。
葬儀ってさ、亡くなった人のためじゃなくて、「亡くなった」っていう実感を得るための儀式なんだと思う。
否認→怒り→取引→抑うつ→受容…※
このプロセスをちゃんと終わらせないと、心が壊れてしまう場合がある。
それをするための儀式。
生きてる人たちが、次に進むための再出発の儀式でもあるのね。
※キューブラ・ロスの死の受容プロセスだけど、実際はこの順番には進まなくて、戻ったりもする。失恋もだいたいこれと同じ。忘れたいけど忘れられない。でもそれが思いだしても辛くなくなっていくのよね。長い時間をかけて。
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