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さ丸

さ丸

周りの目を気にする必要がないと考える理由

① 他人の評価は「変数」であり、安定したデータではない

人の評価というのは
相手の疲労度
機嫌
立場
承認欲求
見栄
価値観
その日の天候
これら全部で揺れ動く
つまり「変数」
数学的には信頼区間が広すぎる
こんなものを指標に意思決定するのは
不合理

② 他人の認知は“観測誤差だらけ”

心理学では
人は他者の行動を10〜20%程度しか正確に認識できない
残りは自分の想像
偏見
推測
つまり
“見られていると思っている自分”は幻想に近い
そもそも他人はあなたを精密に見ていない

③ 人は1日6,000回以上 自分のことを考えている

人は基本
自分のことに必死
あなたを監視しているように見えて
実際は
“自分の失敗”“自分の不安”“自分の未来”で頭がいっぱい
他人を気にしている余裕なんてない
つまり
周りの目はほぼ「空論」

④ “周りの目が気になる人” ほど、周りを見ていない

これは社会心理の鉄則
他人の目を気にする人は
“自分の頭の中の他人”を気にしているだけ
実在の他人ではない
つまり恐れている対象がそもそも「存在していない」

⑤ 評価は“記録”されない

自分の今日の失敗も
奇抜な行動も
周りの人間は3日後には忘れる
1週間後にはゼロ
記憶の保持率(エビングハウスの曲線)で
他人の行動の記憶は99%消える
なら気にしてもコスパが悪すぎる

⑥ 自分の人生の責任を取ってくれる人は誰もいない

他人はアドバイスをする
批判もする
評価もする
でも責任は取らない
なら他人の視線に合わせて人生を選ぶのは
左脳的にも完全に不合理
ロジックが破綻している

⑦ “周りの目”は社会の副産物であって、真理ではない

周囲の評価は
文化
しきたり
広告
SNS
教育
これらの条件反射の産物
自分の人生の“本質”を示す指標じゃない
むしろノイズ
ノイズに意思決定を委ねるのは
左脳的に最もやってはいけない選択


周りの目を気にすることは
・データとして不安定
・観測誤差が大きい
・記憶されない
・責任が誰にもない
・ノイズが多すぎる
・判断基準として信頼性ゼロ

つまり
“周りの目を重視する”という行為自体が
論理的に成立していない

周りの目が気になるのは感情の問題ではなく
構造的に「気にする価値がない」だけの話
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