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さ丸
縄文の人たちは 右脳的世界観そのものだった
彼らは自然と共鳴し 風や大地や火といっしょに生きていた
狩り 採集 祈り 土器 模様 踊り
すべてが「感じる」行為で構成され
世界を分けず 切らず そのまま受け取っていた
時間も 昨日や明日という区切りではなく
ただ流れている“いのちのリズム”の中に身を置いていた
⸻
そこに大陸から弥生人がやってくる
彼らが稲作とともに持ち込んだのは
計画 効率 管理 所有といった左脳の思考だった
米づくりは左脳の文明だ
種をいつまくか
水をどこから引くか
どの田を誰が持つか
これらはすべて「時間」と「分業」と「序列」を前提にしている
自然との共鳴よりも
調整と計画が優先され
そこに“秩序”が生まれた
やがて村には長ができ
富は偏り
人々は上下に分かれていった
⸻
そう考えると
弥生文化の登場こそ「左脳社会の誕生」だった
信仰が “感じる太陽” から “祀る神” へと変わった瞬間
縄文は 太陽と共に“生きていた人たち”
弥生は 太陽を“支配しようとした人たち”
これは世界観の転換であり
脳の使い方の転換でもあった
⸻
そしてここに “天皇” という構造が重なる
彼は “天(太陽)” と “地(人)” をつなぐ象徴とされた
右脳的な太陽信仰を
左脳的な統治構造へと翻訳した存在
大自然そのものに宿るリズムを
権威という形に変換し
社会の中心に据えた
これは見事な融合法だった
⸻
こうしてみると
縄文=右脳
弥生=左脳
というモデルで日本史を読み解くと
現代社会まで一本の線でつながってくる
分断
序列
生産性の焦り
効率への執着
これらはすべて
弥生的・左脳的思考が生んだ文明の延長線上にある
いまの日本が抱えている“生きづらさ”の影にも
縄文と弥生という二つの脳の物語がひそんでいる
右脳と左脳がずれたまま走ってきた歴史の余震が
静かに息づいている
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ふーた
初めて聞いたわ笑

ゆっくん

甘い涙
いや、もう既に答えている。

Look At The Sky (Synova Remix) [Mixed]
PEACE
回答数 243>>
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とまと
#かまタク

ゆうぢ

ひめり
方
ち
ゃ
ん
#かまタク

ロム
鍵垢つくれ!

mik🐹ミ
エンダードラゴン倒した⌒*(゚∑゚#)*⌒
エンドロールいつ終わるんかなって30分以上待ってたw



夕崎🌈

ハト
ダイちゃん可愛すぎて私の顔今バリバリ笑顔。
泣いてるダーイマジで好きだから豪華すぎる…
やっぱウケDの旨みってすごい…
ユギノリさんすごい凡人だと気が狂いそうになるよダがかわいくて

ジウス

おしゃ
逆に街乗りにも適してる乗用車もあるからそこら辺踏まえて話出来たら良いな

斉藤思
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