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すなぎつね
田んぼの白鳥の群れを見かけて冬の訪れを間近に感じます
汗かかない程度に乗ろうと思ったのに楽しくて背中が汗だくになったけども着替え持ってきてないのでシャツ脱いで車に載せてあったベストを裸に着ることになりました
ストーンコールドスティーブオースチンを思い出して雄々しい気持ちになれましたが上着重ねて帰ります[ほっとする]
#サイクリング



WWE: I Won’t Do What You Tell Me (Stone Cold Steve Austin) [Original Theme]
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こうき

メイ🦋
まずガルバに限らず夜の店は恋人作るために来るところじゃないから目的間違えすぎてる
たまに嫉妬させたいから他の子指名するとか、他所の店に通ってる人が違う店に来てるって言って気持ち確かめたいとか言うんだけど
その子が焦るとしたら売上取られるって心配だけで、それすらもほとんどがぜひ他の子行ってくれって思ってるから
嫉妬なんて夢のまた夢だと思っていただきたい
tequila
日常に非日常感を感じたことがあるだろうか。
一見矛盾しているように感じると思う。
というか矛盾している。
だか、私は日常に非日常感を感じるときがある。
それは時として良いシチュエーションであったり、悪いシチュエーションだったりする。
気持ちよく話を終えたいので、悪いシチュエーションから話していこう。
悪いシチュエーション。
それは不運や災害といったものだ。
ここにいる方は誰しもが経験しただろうコロナ禍や東日本大地震などがまさにそれだ。
何もない平穏な日常がどれだけ幸せなものだったか痛いほど感じることができたのではないだろうか。
友達とマスクなしで会えた日々、いまは亡きあの人がいた日々、各々にそれまでの日常だった光景が羨ましく思えただろう。
いたく、苦しい思い出かもしれないが、日常が日常でなかったことを思い出させてくれる大切な記憶だ。
時たま思い返してみるのも良いだろう。
だが人間とは弱いもので、嫌な記憶は忘れないとやっていけない。
コロナ禍や震災なんてなかったかのように当たり前が過ぎていくのを感じる。
別に悪いことじゃない。
忘れられるくらい良くなっだということだ。
そんな中でふんわりとそれを思い出させてくれるものがある。
それが前述した良いシチュエーションだ。
日常が日常でないことをふんわりと思い出させてくれるもの。
考えてみてほしい。
。
。
。
思いついただろうか。
人それぞれ答えがあって良いとおもう。
私は娯楽がそれにあたると考えている。
例えば、ディズニーリゾートに行ったとしよう。
楽しいな帰りたくないな
学校、仕事のある日常に戻りたくないなと思ったひとは少なくないんじゃなかろうか。
それは日常が日常であるからこそ感じれるものだと考える。
日常に対して非日常感を感じることはできるが、非日常に対して日常感を感じることはできない。
あくまで、日常だったらなと願うことしかできないのだ。
日常が日常であるからにして非日常が輝いてみえるのだ。それを忘れてはいけない。
ちょっと話がややこしくなったので別の例を出そう。
音楽や映像作品などはどうだろうか。
好きなバンド、アイドルのチケットが取れて、ここまでは頑張れる、生きる理由ができたとか耳にすることがある。
それまでの間、日常に音楽という非日常のかけらを持ち込んで非日常を夢想する。
共感できる人も多いだろう。
また映像作品はかなり直接的に私たちに日常の非日常を伝えてくれる。
『君の膵臓をたべたい』『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』『ラーゲリより愛を込めて』『ファーストキス 1ST KISS』
観たことがなければ是非観てもらいたいと思う。
大切な人をこれまで以上に大切に想えるだろう。
こういったもの以外にも
『すずめの戸締まり』『東京マグニチュード8.0』
『デイ・アフター・トゥモロー』『インデペンデンス・デイ』『ミスト』
こういった作品でも有効だ。
娯楽はポジティブに日常の非日常感を感じさせくれる。
そういった意味では、我々にはなくてはならないし、それ相応の対価を払っても享受しうる価値のあるものである。
きたる悪いシチュエーションに備えて、日常を大切に、あたりまえがあたりまえでないことを感じて、ひとにちょっと優しく生きてみる それも良いんじゃないだろうか。

美波
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mee*(み

ザーワ
あまりにも鮮烈な響きで鼓膜を打つもんだからさ
不意打ちで笑って泣いたんだ

はるお

シュウ

たんめ

トロサ

月城✒
野球というより野球中継が嫌い
野球自体はルールわかんないしどうでもいいです

雑にい

ポケま

なない
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