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ななし

たろちゃ

しぃ
まだ慣れないけど新機種嬉しい!

むかで
きっと私は、漠然と生きてきたのだろう。
言い換えれば、漠然と生きられるような道を選んできたとも言える。
記憶に残る過去は幾つもある。
でもそれが、私と言う一個体を形成している印象的な事柄かどうかは解らない。
生きづらさやモヤモヤ感はあるにはあるが、これもまた漠然としている。
突き詰めなかった自分が原因か?それとも、言語化できない知力の問題か?
曹洞宗の南直哉氏は、諸行無常という言葉に救われたそうだ。
答えではなく、長年の問いの言葉が見つかった感覚だと。。
恥ずかしながら私は、30半ばにして、一切皆苦で救われた。
救済と絶望を同時に味わう感覚だ。
「だからか!」と「やっぱりね!」という霧が晴れたような気持ちと、治らぬ病気を宣告されたような気持ちだった。
あくまで私個人の話だが。。
これは、置き場所の解らない荷物を持ち続けた辛さがあってこそだろう。
心的な問題だが、様相は分からずとも在ると思ってしまったからには質量が生じるものである。
重さに耐えながら生きている、という感覚が芽生えてしまったのだ。
だから常に痛みに耐え、置き場所を探して歩いている状態だ。
となると、目の前の事象にイマイチ集中できずに、何処か上の空か他人事か、、そんな毎日。
そこに仏教の言葉が入ってきたのだ。
そのおかげで一時でも荷が軽くなり、色々と俯瞰して見られるようになった。。
だが、その後の「どう生きるか?」という物語の前提として、「苦からの解放」という条件がついてしまったのだ。
これが、仏教的に正しい考え方な訳ではないだろう。
だが、私の中に湧き出たこの考え方が、しばらく私を包み、安心感と思考の制限を同時に抱き歩む事となる。
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† よっ

ポケま

サファ
やってることが闇のフィルドア

ガルガ
ダークライダーor悪の科学者路線で考えて居るから…
ね╰( U ⩌ ω⩌)

まるね

スマホ

RE:Rise Ve

おしゃ
出して出して出しまくりますか……

まーと

おーし
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