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もうふちゃん
だけどそれは最も深い承認欲求なんだろうね
褒められたい子供のような気持ちだと思う
その欲がいらなくなる状況が必要かもしれません
人の気持ちを自分の尺度で決めてはいけない
自分の気持ちを自分が否定したら誰かを反動で傷つけてしまう
傷つくことを言う人がいるのはその人が傷ついているから
自分も人も傷ついてさえいればどちらも傷つける側になり得る
それを単純に悪と思えば自分にも裁きの刃が突きつけられる
正しさに縛られて生きているつもりでも僕はきっとどこか間違っているだろう
ていうかこれも自分の欲のままに考えた結果だよな
ははーん
無駄なことを考えてるかもね
おかげで融通が利かなくなるところはあるんだきっと
苦しいとか寂しいとかつまらないとか思ったところで自分で望んだ生き方をした結果だからしょうがない
死ぬまでは死なないから
望んで立ってる場所がここなら自分がこれから何を望んでいくかを見合う範囲で見て決めてくしかできないや
もっと深い見識と人の中の深みやあたたかさを知りたい
人を認める側でありたい
そう思うのがめちゃくちゃしんどいけどそれしか自分を救う方法がない気がする
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もうふちゃん 投稿者
僕も循環という答えに行き着きました 傷つけ合う社会を肯定するために加害意識を持つようにしてます ただ自分の心が持たなくなるための埋め合わせとして癒しの側の考えをアフターケアとして自分に備え付けていないと結構やばいですね
楓花(ふうか)
結局人も生き物で、動物です。 その存在意義は循環の中にあると思います。 そしてその循環は爆発のエネルギーがなければ止まってしまう。 簡単に言えば誰かがキレて、何かが犠牲にならなければ、世界は回らないんです。 もし、誰もが皆の意見を受け入れて、「それでもいいよね」としてしまったら、そこで思考も循環も停止して絶滅のフラグが立ちます。 だから自分は傷付かなくてはならないし、誰かを傷付けなくてはならない。それは確かに辛いけど。 逆にもう開き直ってしまうんです