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ランワイン
楽しんでいたとは言え、走ること自体は苦しい作業で、そこに楽しさという要素は(走り終わった時を除けば)無いように思います。
村上春樹さんはエッセイ集『走ることについて語るときに僕の語ること』の中で、「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(こちら次第)」(Pain is inevitable, Suffering is optional)をマントラとして語っています。
これは、肉体的な「痛み」は避けられない事実だが、それに対してどのように「苦しみ」と感じるかは自分の捉え方次第である、というメッセージかと思うんですが、これは走ることだけでなく、仕事や人生全般に敷衍できる考え方じゃないかと思うのです。
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僕らは初秋の日曜日のささやかなレースを終え、それぞれの家に、それぞれの日常に帰っていく。そして次のレースに向けて、それぞれの場所で(たぶん)これまでどおり黙々と練習を続けていく。
そんな人生がはたから見て---あるいはずっと高いとこから見下ろして-----たいした意味も持たない、はかなく無益なものとして、あるいはひどく効率の悪いものとして映ったとしても、それはそれで仕方ないじゃないかと僕は考える。
たとえそれが実際、底に小さな穴のあいた古鍋に水を注いているようなむなしい所業に過ぎなかったとしても、少なくとも努力したという事実は残る。
効能があろうがなかろうが、かっこよかろうがみっともなかろうが、結局のところ、僕らにとってもっとも大事なものごとは、ほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。
そして本当に価値あるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。
たとえむなしい行為であったとしても、それは決して愚かしい行為ではないはずだ。 僕はそう考える。実感として、そして経験則として。
"走ることについて語るとき、僕が語ること"

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