推しがいるから私がいる、とかも思わない。推しは推しでそこにいる。私は私でここにいる。別の人間。別の人生。推しは依存先ではない。私の人生にひとつの彩りをくれるのが推しだし、推しの彩りだけが私の人生の彩りではないし。