誤解を恐れずに言うと、ピアノきっかけで音楽に触れた私の「正しい音楽じゃないと発信しちゃダメだアレルギー」が治ったのは、一部のゲーム音楽の制作者経歴や内部データを知れた成人以降になってからだったりします。それまではずっと学を積んだ専門家が高度な理論で制作・公開してるんだと思ってた
人は、つらいこと*困ったこと*思いもよらないことが起こった時、初めて気づける何かがあります。さらに、愉しいと思って過ごす時間も、愉しくないと思って過ぎていく時間も、限られた生涯の「同じ時間」を遣っているということにも、あらためて気づくのです☆