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アッチャー

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掌編・不純情小説
【届いた柿の味】(全5話)

②逃げ出したあの日(後)

「もう一年生になったんだ。小鳥の世話くらい自分でできるよ」

 そう呟いて、哲生は下見をするつもりでペット店に入った。
 店に入って哲生の足を止めたのは、小鳥ではなく亀だった。哲生の顔くらいの大きさのある陸亀が水槽の中でゆっくりと動き、原始的な雰囲気を放っていた。近寄って、ちょうど目線の高さにいる亀を横から眺め、それから背伸びをして上の方向から亀の甲羅を見下ろした。

「わっ、岩みたいだ!すごい」

 感嘆の声を聞いた幸代が、駆け寄ってきて

「サチも見たい」

と言って、ぴょんぴょんとジャンプをした。哲生は視点を高くしてあげようと、幸代の腰を両腕で持ち上げた。
 幸代が水槽の縁に手をかけて亀の甲羅を見下ろした瞬間、哲生は幸代の体重を持ち続けられずに腕を緩めてしまった。水槽が、床に降りた幸代の手に掴まれたまま大きく前に傾き、驚いた幸代は手を離して後ろに飛び退いた。大きな音を立てて水槽が落下し、中にいた亀とともに砂利が床に散乱した。幸代が悲鳴をあげた。哲生は頭が真っ白になった。
 大人の客がとっさに近づいてきて、水槽が割れていないことと、ふたりが怪我をしていないことを素早く確かめ、店の奥に店員を呼びに行った。 
 幸代の顔はみるみる青ざめていき、恐怖に唇が震えだした。それを見た哲生は幸代の手をとって店を飛び出した。ふたりは後ろを振り返らずに手をつないだまま全力で走り続けた。大通りから細い道に入り込み、幾つもの角を曲がり、闇雲に逃げた。やがて息を切らして立ち止まり、恐る恐る振り返ってみたが、追ってくる大人はいなかった。
 気がつくとふたりは、川の河口付近の倉庫街に来ていた。

              ③へつづく

©️2024九竜なな也
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