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みかん(缶詰🥫)
「芋を使った新兵器〜喜蔵川の合戦」
戦国時代の一つの幕引きとして知られる喜蔵川の合戦で、南軍大将 竹山田信昌は、対する北軍 志家知頼が陣を敷く法花津山を攻めることになった。しかし、敵の陣地は自然の要塞ともいえる堅固なもので、一朝一夕で攻略できるものではなかった。
信昌配下の引津氏尚は、敵の陣近くの竹林へ忍び込むことに成功するが、今一つのところで敵に見つかり、攻略の足掛かりも掴めないまま数週間が経過してしまった。
そこで、氏尚に並ぶ竹山田六天王の一人、さつま芋愛好家で知られる武将 大谷村秀家が、自身の知識を生かした奇策を提案する。
秀家は、陣を敷く富盛寺付近の道端でまるまると太ったさつま芋を見つけ、それを使って芋砲を作り上げることを思いついた。(ヨーロッパではパタット砲。当時はまだ日本へは伝来していない。)
芋砲は、手で芋をくり抜き火薬を込め竹筒に詰めて、村の力自慢に大声を出しながら遠投させて敵陣地にて爆発させるもので、大きな芋である程、その威力を発揮するものであった。
信昌は秀家の提案を採用し、すぐさま兵士に道端のさつま芋をかき集めさせ、大量の芋砲を作り、敵陣地に向けて芋砲攻撃を開始した。その芋砲は、より甘い芋から生まれる爆発音とともに、凄まじい破壊力を持って敵の防壁を破壊した。
驚きと混乱に包まれた敵兵は、芋砲の甘い香りに動揺し、また次々と戦意を喪失する。信昌達は、この隙に敵陣へ突入し敵兵を一掃することに成功した。
この合戦は、日本で初めての芋砲を使った近代的攻略戦術であり、当時、クマザサ会の宣教師らにより、ヨーロッパにも広く言い伝えられた。
後に大谷村秀家は、戦国時代史においても異色の名武将として江戸時代の歌舞伎演目にもしばしば取り上げられるほど人気を博している。
また、秀家の芋砲は現在のトマホークミサイルの原型とも言われ、後の近代兵器開発にも大きな影響を与えている。
なお、芋砲に使用されたさつま芋は程よく火が通り、合戦後の疲弊した兵士達のご馳走となったことは言うまでもない話である。

コメント
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おもちちゃん
中学三年生じゃだめなんですか!?!?
あ?こら!!!( ・᷄ὢ・᷅ )

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みかん(缶詰🥫) 投稿者
[惑星]さつまいもの星
フレム・チェンバース
それじゃ いもに ひは ろくすっぽ とおらんと おもうから しらべたら さいしょに ありもしないって かいて あったね こりゃ いっぽん とられた!!
みや🍀🏠
これが俗に言う芋テロか…🍠
しずく
さつまいも蒸し中🍠🍠
ao𓅰
なるほど〜、ヨーロッパでのポテット砲が…やはり相手の繊維を喪失させるには、血糖値の上昇がキモですね!🍠