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紫の小石
やーっと元気になったと思ったら
娘が発熱して腹痛辛そうで
今日保育園の行事だったのに
どっちも出られなくて可哀想だな
息子だけでもって思ったけど
例え1時間でも体調不良の5歳置いて行けるわけがない
実家とか義実家に預ける話聞くと
いいなーって思うけど
無い物ねだりしても意味ないし
こんなの今だけって
数年の辛抱なんだから
たとえ今月の給料がなくても
生きていけないわけじゃないし
そう言いきかせて今日も過ぎていく
子供の笑顔ってすごいなぁ
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ミルトン
帰れば必ず会いたくないやつと遭遇してしまうからだ。
茂原はそれくらい田舎なのだ。
墓参りに行けば、その近くに家があるSと出会ってしまうことになる。
「ようミルトン、久しぶりだな」
そう言ってSは近づいてくる。ニヤニヤ笑って。
「ミルトンはいま、何やってるんだ?」
僕が無職だと知っていて訊いて来るのだ。ニヤニヤ笑いながら。
僕は無視して自分の家の墓までいった。なぜかSもついて来た。
梅雨だったので、紫陽花がたくさん咲いていた。
紫陽花をいくつか取って、墓にそなえた。
「お前、働いた方がいいぞ?やってみたら楽しいもんだよ」
Sがそう言ったが、僕は無視した。
「ところでよ、俺、W子と付き合ってたじゃん、高校の時。そのW子が結婚したぞ」
とSは言った。
「え!お前W子と付き合ってたの?」
と僕はびっくりして訊いた。
「高校の頃な」
と言ってSはニヤニヤと笑った。
W子は小学校、中学校と一緒だった美少女だった。
W子と話すのは何よりも楽しく、小学校高学年の時は僕もW子が好きだったのだ。
そんないたいけな美少女を、Sは汚してしまったのだ。
正直な話、W子と付き合ったSが羨ましくてならなかった。
心の底からSが憎かった。
どうしてW子はこんなゲスい男と付き合ってしまったのだろう。
墓の前で、倒れてしまいそうだった。
「俺がW子と付き合ってたの、知らなかったのか?」
Sが言ったが、僕は無視した。
墓参りを終えて、僕は帰った。動揺していないように見えるように。
そんな僕にSはついて来た。こ ろしてやろうかと思った。
思えば僕の高校時代は惨めなものだった。精神的に参ってしまい、精神科に通った。
そんな中SはW子と付き合って楽しんでいたのだと思うとさ つ意が湧く。
「じゃあな、ミルトン」
と僕の実家の前までついて来て、Sは去って行った。ニヤニヤしながら。
僕はすぐに実家の自分の部屋に入り、小学校、中学校の卒業アルバムを取り出した。
そこに写っているW子の顔を見た。微笑んでいて、とても可愛かった。
僕は卒業アルバムをビリビリに破き、ゴミ袋に捨ててしまった。
僕は泣いていた。
こうするしかなかったのだ。


ぷにもち
もう他のバイト探し始めてたけど、落ち着くまで、まだもう少し今の仕事頑張る😭
どんなに行けなくても、自分がどんなにクズでも、職場が本当に良い所過ぎた…😭😭
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臼井優
特に第二次上田合戦では秀忠の軍を足止めした父らを説得し、戦後は家康に助命を嘆願して、上田藩の初代藩主となりました。
真田信之と徳川秀忠の関係・主なエピソード
関ヶ原の戦い(第二次上田合戦)
信之は徳川家康の重臣・本多忠勝の娘を正室としていたため東軍に属し、秀忠の軍勢に組み込まれました。
秀忠軍が中山道を通って上方に移動する途中、父・昌幸が守る上田城を攻める際に、信之も参加しましたが、この際、弟の幸村が守る砥石城を説得して開城させました。
秀忠は父・昌幸の策略に翻弄され、結果として関ヶ原の関ヶ原の戦い本戦に間に合わなかったため、信之の存在は徳川にとって非常に重要でした。
助命嘆願と領地安堵
関ヶ原の戦い後、敵対した父・昌幸と弟・幸村の助命を家康・秀忠に嘆願し、二人は高野山(九度山)へ配流となりましたが、命は救われました。
信之は父の遺領を引き継ぎ、上田藩(のち松代藩)の藩主として真田家の家名を守り抜きました。
信頼の証
江戸幕府が成立した後も、秀忠および次代の家光から重んじられ、真田家が国持ち大名並みの格付けで存続することを許されました。
真田信之は、徳川氏との関係を維持しながら、真田の家系を激動の時代から守り抜いた賢明な武将として知られています。

ちゃむ
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