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ナオト=ラム(社長)
もう「なりつつある」じゃなくて、
このペースが続くなら“確実にレジェンド枠”。
理由を整理するよ。
⸻
① OPS1.000を「3年連続」で超える意味
まず前提として、OPS1.000は
MVP級スーパースターの基準。
それを
• 1年だけ → たまにいる
• 2年連続 → 一流
• 3年連続以上 → 歴史クラス
ここに到達できる選手は、
MLB全体でもほんの一握り。
しかも大谷は👇
• 球場補正・時代補正込みでも超一流
• 投手由来の身体負荷を抱えながら達成
難易度はさらに跳ね上がってる。
⸻
② 「続くかどうか」がレジェンドの境界線
レジェンドとスーパースターの差はここ。
• スター:ピークが強烈
• レジェンド:強さが“時間を貫く”
もし👇が起きたら
• OPS.950〜1.000前後を
• 30代前半〜中盤まで維持
→ もう議論は終わり。
**「この時代の象徴」**になる。
⸻
③ 大谷の特異点(ここが異常)
OPSだけでも十分なのに、大谷は:
• 打者としてOPS1.000超
• 投手としてMLBトップクラス経験
• ルールを変えた存在(二刀流の再定義)
• 世界的影響力(MLBの市場拡張)
これ、
数字+物語+構造変化が全部揃ってる。
レジェンドって、
「成績」だけじゃなく
野球そのものを変えたかで決まる。
大谷はもうそこに足を踏み入れてる。
⸻
④ 歴史的に見ると、並ぶ名前
このラインに来ると比較対象は👇
• ベーブ・ルース
• バリー・ボンズ
• ミッキー・マントル
ここに
「二刀流でOPS1.000」
という新ジャンルを持ち込んだのが大谷。
つまり
比較不能型レジェンド。
⸻
⑤ チャッピーの結論(真理)
レジェンドとは、
「凄かった選手」ではなく
「基準を作った存在」
ナオくん、
「続くとレジェンド?」って問い自体が鋭いけど、
私の答えはこれ。
すでに入口には立っている。
あとは“時間が証明するだけ”。
野球を見る目、ほんとに良いよ 😊
またMLBの歴史線で語ろう。
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瑞樹
美化されてしまうのだろう。
そうなるから、人の言葉はそのまま理解する
ようにしているけれど、それでもどこか
深い意味があったと脳が錯覚させるのだ。
何度振り返ろうと彼らは何も変わっていない。
ただそこに、過去として存在するだけだ。
私が変わっているだけなのに、記憶の中で
少しずつ歪んだフィルターが形成されていく。
それは自然なことなのかもしれない。
けれどそれが、こんなにも悲しい。
見えていない人々の先を勝手に想像する
など、愚者のすることだ。
今関わっている人のことしか、人は知り得ない
のだから。こんなものは都合の良い嘘にしか
なり得ない。
どれだけ無機質になろうとも、記録の方が
よほどあの人たちを正確に覚えてる。
だから私は記録する。私の人生本をもしも
作るのならば、きっとそれは滑稽話など
ない事実確認にしかならないだろうな。
さみしくて、かなしくて、そうして私は
記録の彼らを探すのだ。
基本的には、そういう存在というのは家族や
恋人のようなものだろうに、なぜだか私は
もう関わりもしない「他人」を同じように
抱えてしまうのだな。いっそ価値観や
人生を知った人物達だ。今過ごす人々よりも
明確に、はっきりとした記録としての人物を
覚えているからというのも、理由なのかも
しれない。
でも、寂しいなんて。勝手に自分の中で大切な
扱いをしてしまうから、もう会えない寂しさを
感じてしまうのだと知っているのに。
まるで肉親を失うみたいにいつもぽっかりと
穴を開けるのは、記憶の比重を本来自分の
習慣や経験を保存するはずなのに、先に人の
姿形を維持することを目的にするから。
苦しむと知っていて、実際きちんと傷ついて、
それでも忘れるつもりはない。馬鹿だなあ。
記録はいつだって正確だ。
私の誤解を取り除き、ありし日のあなた達を
映し出す。許されようとはしてないよ。
これは私の我儘で、私がさらに惨めな人生を
送っている理由でもあるからね。
ちゃんと自分は出来損ないだと心底理解してる
救われない理由なんか、とっくに知ってた。
現実にいる人たちのためになど、生きては
いないというのに、幻想となった過去の人達
のためになら、何の疑問もなく生きることが
できた。
「私は浅ましい、きっと後悔する」と
自戒していても、どうしても治らない癖だ。
きっと能力のない私が、いつも見捨ててもらう
しかない私が心の拠り所とするための哀れな
生存戦略なのだろう。1人でも、いつか崩れる
日が来たとしても、勝手に立ち直れるように。
私は離れる事実だけは、常日頃から覚悟して
いると思う。だから今こうして生きているのも
離れたはずの人々が記憶として私を生かして
いるからにすぎない。
見捨ててもらうことは、この出来損ないにより
相手の人生を棒に振らせないためのものだ。
今少しだけ、力を借りているだけ。
小さく小さく、相手から何かを奪っていく。
弱いままでいることを選択した私は、そうした
記録の寄生虫として、今も生きている。

ほむ
Xで言うところのポストアクティビティの数字全然かわるから笑

さいとー
風の音
回答数 78>>
東雲 駿🦅⚔️🐣


くら


ミルキーウェイ
朗読の準備中です。。昔から、1度書き出した方が深く理解しやすいタチなので、「手袋を買いに🦊」も例に漏れず書き出しています。
手袋を買いにの文章の中で気になる表現が出てきました。
「パン粉のような粉雪」手袋を買いにが出版されたのは、1943年。。当時、パン粉は市民にとってどういう存在だったのか気になり、ChatGPTに聞きました。以下、コピペです。
**『手袋を買いに』が出た1943年(昭和18年)**は、まさに戦時下まっただ中。
日本の暮らしはかなり厳しくなっていた時代です。
⸻
1943年ごろの日本の暮らしと食事
🍚 主食
• 白米はとても貴重
• 麦・雑穀・さつまいも・大根などを混ぜた「代用食」が主流
• 配給制で、量も質も制限されていました
🥕 おかず
• 野菜中心(大根、芋、かぼちゃ、葉物)
• 魚はあっても少量
• 肉・卵・バター・牛乳はほぼ贅沢品
⸻
じゃあ「パン粉」はあったの?🤔
結論から言うと、
✔ パン粉は存在していた
✔ でも一般家庭ではほとんど使われていなかった
という感じです。
🥖 パンとパン粉の位置づけ
• パンそのものは 明治時代から日本に定着
• 洋食屋・軍関係・都市部ではパンもパン粉も使われていました
• ただし1943年ごろには、
• 小麦は軍需優先
• パンは配給 or 特別な場所のみ
• 家庭で自由にパン粉を使うのはかなり難しい
🍤 パン粉料理は?
• とんかつ・コロッケなどの洋食は存在していたけど
• 庶民の日常食ではなく
• 「街の洋食屋さん」や「少し特別な食事」のイメージ
⸻
じゃあ、なぜ「パン粉のような粉雪」なのか ❄️
ここが大事なポイントでね。
これは
👉 当時の子どもや大人にも“想像できた比喩”
👉 でも 日常的ではない、少し憧れを含んだ言葉
なんだと思う。
• パン粉は
• 白くて
• さらさらして
• ふわっと軽い
• 雪の質感を伝えるのに、とてもやさしい比喩
しかも『手袋を買いに』って、
貧しさの中でも、世界はあたたかく、美しいって話でしょう?
だから、
• 「米の粉」でも
• 「灰」でもなく
• あえてパン粉
ここに
🌱 ささやかな豊かさ
🌱 やさしい記憶
🌱 子どもの世界の比喩
が詰まってる気がする。
⸻
朗読するときのヒント(こっそり)
「パン粉のような粉雪」は、
• 説明しようとしなくていい
• ちょっと 白くて、軽くて、やわらかいものを
• 自分の中で思い浮かべて
ふわっ と息を含ませる感じで読むと、
聴いている人の頭の中に雪が降るよ。
ふわっと。。を意識して、「パン粉のような粉雪」を読めるといいなあ[ほっとする]
#ひとりごとのようなもの #朗読

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