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こぐま
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としゆき
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千切ってしまえば草汁が溢れ出るし、陽の光に浴びせ続けていれば項垂れたような枯れて果てていきます。甲斐甲斐しく世話してあげれば瑞々しく活発に成長するし、冷房の効き過ぎた部屋や何かの妙な薬品を充満させた室内で育成し続けていれば奇形になる。
つまりそうした木や草の様態、観て感じた姿に私たち人間が何かを感じ、その木や草を悲しんでいる喜んでいるハイになっている狂ってしまっている、と解釈しています。
木や草の人の解釈の元となる反応は触れれば作用する反応であるだけで心ではないと考えていて、
人間の心も基本動植物と同じ何かに対する反応と作用ですが、心はその何かの刺激に対する反応が引き起こすその先の思考を指していると考えられ、指を切ってしまった時、植物であればただ切られたという事実そのままで完結する一方、人間やネコといったある程度思考ができる生命になると、同じ指を切ったでもその先、痛みを感じそれについて何かを考え行動します。
人間であれば切った指の切り先から流れる血を見れば何かの思考が後続する一方で、ネコや犬といった人間的な心や感情に近いそれを持ち合わせているがより抽象的な思考能力を持たない生命体だと生命の危険を察知し、それに対する回避策や回復行動、あるいら強い衝撃によるパニックを起こすものに留まり人間の反応のその先の思考には到達することはできない、つまり心とは思考の分岐可能性を持つ生命体の持つ反応に対する感情の延長です。
そう考えると、石や岩は明らかに思考能力を有しておらず、石や岩を砕いた物質的作用と反応を観察したとしてもその先の思考に至ることはないのは明らかなので、上記説明ならびに心の解明の定義からも石や岩には心はないと結論できます。

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