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留吉

留吉

仮住まい、なお1万8000人 死者・不明700人、再建険しく 能登半島地震2年

こういう災害に遭った人は ほんと辛い状況はわかるんだけど

国の支援完全当てにして、現状に甘んじてる方が支援も断片的に受けられるしで  働く気力やら今の保護下生活に慣れちゃってなんだろうな 
粘ればちゃんとした住居もそのうち世話してもらえるとか思ってるだろうし

しかし都会やらに出てる身内やら親族もいるでしょう  誰も預貯金すら無い人で仮設住宅に居続けるしか無い人が数万人とか

地方だから支援してもらえる  都会なら出来ないでしょって事で  どこまで国も責任持つのかねぇ〜

被災者の気持ちはわかるが  ってのは前提だけどさ
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イサム

イサム

豊橋市藤沢町
手前はロワジールホテル
藤沢町バス停付近周辺横断歩道もあるのに
向かい側のステーキガストに行こうと乱横断する人が絶えません!

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うゅ‎✲*゚

うゅ‎✲*゚

カウントダウンも
せず、年越しそばも
食べずに寝てしまい
昨年は 大きいこと
ふたつあって

ひとつは
愛猫たあの死

ひとつは
気持ちを裏切られた
こと

たあに関しては
乗り越えるのは大変
今でも葛藤中

人の気持ちを裏切る
のは うゅにも悪いとこ
あるかもやけど

にしてもね!
傷は癒えないやね!

んなこんなで
好きな日本酒とジンで
年明けー

うゅらしい年明け
かも知れんね(ᯫ᳐˶ꔷ֊ꔷᯫ᳐)ฅ

でも!幸せなるからな!
切り替え うまーく
やれる女になりますˆ⩌⩊⩌ˆ
ひとりごとの星ひとりごとの星
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もり

もり

エスカレーターの右側は歩いちゃダメ みたいなのめっちゃ分かるし危ないから止まるべきとは思うけど、朝ラッシュ時の電車のホームのエスカレーターとか「明らかに右側を歩いてる人のお陰で溢れずに済んでるよね」ってところはどうしたらいいんだ… 二列で止まってたらホームから人捌ける前に次の電車着いちゃうよ…
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ュ

俺はダメなやつだから付き合うべきじゃない
俺に時間使うのは勿体ないよって
伝えたのに何度も好きを伝えてきて
でも俺は色々理由つけて今の現状を続けたいだけだったのかな
俺に恋するのはもったいないって言ったのに俺は好きって言われる環境がうれしくなっていって
俺ほんとにまじむり自分嫌い消えたい
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臼井優

臼井優

宮下英樹の漫画『センゴク』シリーズ(第4部『センゴク権兵衛』)において 
戸次川(へつぎがわ)の戦いは主人公・仙石秀久(権兵衛)の人生最大の転落劇として描かれています。

漫画『センゴク』での描かれ方
「失敗」の再解釈: 史実では「軍監でありながら味方を見捨てて逃亡した臆病者」と酷評される戦いですが、
 作中では単なる逃走ではなく、圧倒的な島津軍の猛攻(釣り野伏せ)に対し、絶望的な状況下で「軍の崩壊を防ぎ、再起するためにあえて泥を被って撤退する」という、苦渋の決断を下した様子が描かれています。

島津軍の脅威: 島津家久率いる島津軍は「死を恐れない異質な軍勢」として恐ろしく描写されており、四国連合軍(仙石・長宗我部ら)が次々と撃破される絶望感が強調されています。

長宗我部信親の戦死: この戦いで長宗我部元親の嫡男・信親が討死し、元親との深い確執やその後の権兵衛の過酷な逃亡劇が物語の大きな転換点となります。

戦いの概要と結末
発生時期: 天正14年(1586年)12月。
状況: 豊臣秀吉の九州平定の先遣隊として派遣された仙石秀久・長宗我部軍が、大分県の大野川(戸次川)付近で島津軍と激突しました。

結果: 四国連合軍は大敗を喫し、秀久は領地の讃岐へ逃げ帰ります。この失態により彼は秀吉から改易(領地没収)を言い渡され、無一文の浪人へと転落します。

この敗北後の「挽回」を描くのが最終章『センゴク権兵衛』のメインテーマとなっており、小田原征伐での復帰へと繋がっていきます。
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つづ

つづ

明けました〜
去年転生し新たな気持ちで新年迎えてます
本年もよろしくお願いします😊

新年一発目は
毎年恒例の初湯
ここも人が多いこと!

みんなコレ狙ってたな(タオル)
ま、そんな私も狙ってた🤭

無事にゲット!
身体もさっぱり
心もさっぱり
あとはこの胸焼けだけだな…
そろそろ絶食せねばいかんな…😅
#愛知
#正月
#お風呂
#ゆっくりと
🌈 40・50代🌈 40・50代
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