共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

く

#花彩命の庭 #初投稿 #タスク

庭の中心で倒れ込んだエイルの体からは、ゆっくりと薄い光が広がっていた。
マヤはその光が何を意味するのか直感で理解できず、ただ目の前で起きる不可思議を受け入れるしかなかった。だが、次の瞬間、光の中から花弁のような粒子がふわりと舞い上がり、それらがエイルの身体を守るように旋回し始めた。

エイルの呼吸は浅く、胸がわずかに上下しているだけ。それでも、光に包まれている姿は、不思議なほど安らかに見えた。マヤは震える手で彼の肩に触れる。温かさはまだ残っている。それに安堵しながらも、胸の奥で何かがざわつき続けていた。

そのとき——。

庭の奥でかすかな音が揺れた。
風の気配ではない。誰かが、歩いている。
マヤはゆっくりと顔を上げ、薄暗い小径を凝視した。

そこに立っていたのは、背の高い女性だった。
衣の端には花びらが縫い込まれ、髪は庭の光を映すようにきらめいている。
その瞳は深い湖の底のように静かでありながら、底知れぬ力を宿していた。

「……あなたが、エイルをここへ導いたのですか?」

問いかけたマヤの声は震えていた。
女性は微笑み、ゆっくりと歩み寄ると、エイルの傍らに片膝をついた。

「彼自身が、この庭に選ばれたのです。私はただ、その選択を見守っただけ。」

「選ばれた……?」

女性はマヤを見つめ、わずかに首を傾げる。

「花彩命の庭は、心に迷いと傷を抱える者の前にしか現れません。そして、庭は訪れた者に“本当に必要なもの”を与えます。けれど代償もあります。得たものの重さに、耐えられるかどうか……」

マヤは思わずエイルの手を握りしめた。

「代償? エイルはどうなるんですか?」

女性は答えず、エイルの胸に手をかざした。
光が脈打つように揺れ、空気がわずかに震えた。
その振動の中で、マヤの耳に“声ではない声”が聞こえた。

——この庭の力を受けた者は、過去の傷を清め、未来の道を選び直すことができる。
——だが、その変化は魂にとって激しい痛みとなる。

マヤは眉を寄せ、必死に女性を見つめた。

「彼を助けられるんですよね?」

「助けるのではありません。彼は“変化”の途中にいます。それは痛みを伴いますが、彼は必ず目を覚まします。ただ……」

「ただ?」

女性は穏やかに笑った。
その表情は優しいのに、なぜか胸が締めつけられる。

「目覚めたとき、彼はあなたにとって“同じエイル”ではないかもしれません。」

マヤの心臓が跳ねた。

「やめて……そんなこと言わないで。」

「恐れなくていいのですよ。変化とは、失うことではありません。選び直すことです。それは、あなたにも訪れます。」

女性がマヤの胸元にそっと手を伸ばした瞬間、
マヤの視界に強烈な光が差し込んだ。

そこには、幼い頃のマヤがいた。
泣きはらした目で、母の残した庭を必死に守ろうとする小さな自分。
雨の日も風の日も、枯れた花を抱えながら、
「絶対に失いたくない」と願い続けていた。

——失うのが怖くて、誰にも近づけなかった。
——だから心を閉ざし、頼ることすらできなかった。

光景は一瞬で消え、マヤは息を呑んだ。

「……これは……私?」

女性は静かにうなずいた。

「あなたの心の庭。ずっと、ひとりで守ってきた場所です。」

マヤは言葉を失った。
自分の胸の奥に、こんなにも脆く、こんなにも孤独な庭があったのだと初めて知った。

「あなたは強かった。けれど、強さだけでは守れないものがあります。
そして、そのことを教えるために……エイルはここへ来たのでしょう。」

マヤはエイルを見下ろした。
彼の表情は、以前よりずっと柔らかい。
緊張の糸がほどけた子どものようだった。

——もし彼が変わってしまうのなら。
——私も変わらなければいけないのかもしれない。

胸の奥に、静かだが確かな熱が灯った。

そのとき、エイルの指がわずかに動いた。
マヤは息をのみ、彼の手を包む。

「エイル……聞こえる? 私はここにいるよ。」

光がゆっくりと収束し、庭を包む空気が暖かくなる。
花々が揺れ、祝福するようにふわりと香りを放った。

庭の女性は微笑み、囁いた。

「彼はもうすぐ戻ってきます。
そして——あなたが彼の手を握っている限り、迷うことはありません。」

マヤは頷き、エイルの手をさらに強く握った。
指先から伝わる鼓動は確かで、ゆるやかに力を取り戻しつつあった。

そして——。

エイルの瞼が、ゆっくりと震えた。
GRAVITY
GRAVITY11
関連する投稿をみつける
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

#花彩命の庭 #初投稿 #タスク