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Hanazumi
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とろ
ぐったりした疲労感を感じる方が多そうです。
ですが、なんとか今日一日バランスを取って過ごせば自信に繋がります。
あまり深刻にならずに軽い気持ちでいることが乗り越える秘訣です。
#タロット占い
#見たときがタイミング


みのり😸
グラビティで全然交流できないんだけど
もうちょい効率よく私生活過ごせば
グラビティできるのかな
育児と家事と仕事と転職準備とリア友と月イチで遊ぶ・・・
これ以上のキャパがないというか
最近グラビティのために
時間を費やすエネルギーが
残ってないの悲しい

ヨソモノ
そんで在宅に切り替えて、午後は文鳥を病院連れて、帰ったら仕事再開。
定時だったら3時上がりなんだけど、16時から打ち合わせ。
あれ、この打ち合わせって居眠りOKなんでしたっけ。
打ち合わせ終わると同時に上がろ。
よほど上がりたかったんだなこいつムーブで今日を気持ちよく締めくくろ。

いぬ🍊🍊🍊🍊🍊🍊🍊🍊
きつ

紫苑/しおん🐈⬛
回答数 40>>
正しい/間違い。
できている人/できていない自分。
こうした二項対立は、判断を速くし、短い安心感を与える。その一方で、思考の幅を狭め、自分自身の感覚を置き去りにする。
さらに「普通」「一般論」「あるべき姿」といった他人基準が重なると、人は自分の人生を、自分以外の物差しで測り始める。
ただし、比較そのものが悪なのではない。人が比較をするのは、多くの場合「もっと善く生きたい」という願いからだ。自分の位置を確かめ、前に進んでいると感じたい。その衝動は、ごく自然で人間的である。
ダイナマイトを開発したノーベルも、破壊を目的としていたわけではない。トンネル掘削を楽にしたいという願いがあった。価値を歪めたのは思考/道具ではなく、それをどう使うかという人の心だった。比較も同じで、自己確認の為に使われる限り、それは人生を支える道具になり得る。
問題が生じるのは、比較を用いて他人を貶めたり、支配しようとしたときだ。その瞬間、比較は安心を与える道具から、価値を歪める凶器へと変わる。そのリスクがあるから、人は「比較するな」と言葉を強めて止めるのだろう。
他人基準の二項対立を捨てれた時、
人は少しだけ自分に優しくなれる。
勝っているか負けているかではなく、
納得できているか。
正しいか間違いかではなく、
満たされているか。
コーヒーを味わう時、「あいつよりも俺の方が美味しいはずだ」と思って飲む人は少ない。多くの場合、「美味しいね」と感じられれば、それで十分だ。人生も同じで、比べて勝つ幸福と、ただ味わう幸福は別物である。
比較をやめることが目的なのではない。比較に縛られなくても生きられる瞬間を、少しずつ増やしていくこと。その先に、人は「正しい人」ではなく、自分の人生を生きる人として立っていられる。


あ
叱責してきたりこうじゃん、で押してこられても傷ついて落ち込んだ気持ちは沈み続けるだけ
他人なら良いけど、それが一生共に歩む人となると
不安しか増えない
ryuto
佐倉 想
そんなにシンドイことなん???🤷♂️
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くわと
#それいけあいまい

にゅ🍼

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追い込まれてからよく食らいついた!
今日に続いてええぞ!

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