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とー
コーヒーを本当に学びたいなら、ただ「たくさん飲む」だけでは足りません。コーヒーは、飲んで初めて「これは美味しい」「これは美味しくない」とわかります。しかしそれだけでは不十分で、「なぜ美味しいのか?」「なぜ美味しくないのか?」と自分に問いかけ、味の原因を探ることが重要です。
ここで登場するのが、器具、抽出レシピ、湯温、湯量、豆量、粉の挽き目、さらには焙煎といった、コーヒーの味に影響を与えるたくさんの変数です。
美味しいコーヒーを再現するには、これらの変数を理解し、意識的に扱う必要があります。しかしすべてを同時に変えてしまうと、どの変化が味に影響を与えたのか分からなくなってしまいます。
だからこそ、一度に変えるのは「一つの変数だけ」にするのが基本です。例えば、粉の粒度だけを細かくして抽出してみたり、湯温だけを変えて飲み比べたりすることで、その変数が味にどんな影響を与えるかを確かめられます。
まずは基準となるレシピを作ることをおすすめします。器具や豆量、湯量、湯温、挽き目、抽出時間などを固定し、これを自分の「基準レシピ」として記録します。すべての実験は、この基準からスタートするのです。そして、変えたい一つの要素を調整して比較します。こうすることで、どの要素がどの味を生んでいるのかが明確になります。
味の変化を感じたら、必ず記録を残しましょう。日付や豆の種類、焙煎日、器具、粉量、湯量、湯温、挽き目、抽出時間、注ぎ方などの条件とともに、香りや酸味、甘み、苦味、ボディ、余韻といった感覚を簡単な言葉で書き留めます。この記録があれば、偶然ではなく「再現できる美味しさ」を作るための道筋が見えてきます。
さらに味の表現を正確にするために、感覚語彙を持つことも役立ちます。「酸味はレモンのように」「甘みは蜂蜜のように」「苦味はダークチョコのように」といった具体的な表現は、自分だけでなく他人に伝えるときにも便利です。
もし自家焙煎を行う場合は、焙煎も大きな変数になります。浅煎り、中煎り、深煎りで味の傾向はまったく変わるので、焙煎を変えるときも一度に一つずつ変えて記録を残すことが大切です。抽出条件と焙煎条件の両方を管理できれば、味の変化を科学的に理解できるようになります。
コーヒーを学ぶ過程は、まさに「仮説を立て、実験し、記録し、改善する」サイクルの連続です。感覚に頼るだけではなく、必ず記録を残し、再現性を意識することで、あなた自身の「美味しいコーヒー」は確実に言語化され、再現可能になります。毎回の実験が経験値となり、あなたの味覚と知識はどんどん研ぎ澄まされていくでしょう。
コメント
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ひなた

꧁ ᗰ Ꮖ ᖇ Ꮖ ꧂
終わった課題を出そうと抱えた瞬間、デヴィ・スカルノ教授が生徒たちに向かって「課題を期日より早めに出したら、この人いい人~!と思われると思ったら大間違いです!人として至極当たり前としか思いませんね!課題を期日以内に提出してようやく人並みです。期日を過ぎてから出す人など無論論外です。」
と話していて1人で勝手に衝撃を受ける、などという夢だった。
その後は夢の中で現在と同じ夜勤をしていた。入居者4人分同時にアラームが鳴るが、力が入らなすぎて起きることができないという、実際の寝ている体がリンクしようとするノイローゼチックな夢だった。重症だと思う
#夢

M
はんだ
プレステから始めて課金のプラットフォーム縛りに絶望してPCでゼロからスタートしようかと思ってたんだけどその必要ない感じ???

やっちゃん
皆さまおはようございます〜
月曜日の朝です❗️
新しい1週間が始まりました
今週もよろしくお願いします🙇
こちらの#イマソラ
今朝も雲に覆われています☁️
雲の向こうにお月さま🌕透けています
見上げたゆっくり深呼吸ー
ただいま3.5℃ 最高気温12℃予想
予報では晴れてくるようですが☀️
今日が仕事始めの方もいらっしゃいますよね
ゆっくりスタートしていきましょ
自分は養生の日々〜のんびりしましょ
お散歩にも行きましょ🚶
今日も
その時その時を大切に
笑顔いっぱい
ぼちぼちほどほどに〜👍
#おはようGRAVITY
#ひとりごとのようなもの
#日々に感謝


こ〜ちゃん🌱
昨年の12月24日。
腰の骨を骨折し、約2か月の入院生活を終えた母が、ようやく家に戻ってきた。
母の体は、もともと万全ではない。
11年前の脳梗塞の後遺症で、左手と左足は今も思うように動かない。
そんな体での「家での生活の再開」は、喜びと同時に、小さな不安をいくつも連れてくるものだった。
ある日、訪問リハビリの理学療法士さんと一緒に、ほんの短い距離だけ外へ出て歩いた。
距離は短くても、外の空気を吸い、足を前に出すこと自体が、母には特別な時間だった。
帰宅して玄関で靴を脱ぐ。
左足の靴は、すっと抜けた。
けれど右足の靴は、どうしても抜けない。
何度も、何度も、時間をかけて挑戦する母。
その様子を見かねて、理学療法士さんがそっと手を伸ばし、右足の靴を脱がしてくれた。
母は何も言わなかった。
けれど――
「本当は、自分でやりたかった」
その気持ちは、はっきりと伝わってきた。
その日のうちに、私は玄関に立った。
椅子に座ったまま、手を使わずに靴が脱げたらいい。
そう思い、木を選び、小さな突起をジグソーで切り出した。
かかとを引っかけるための、ほんの小さなパーツ。
それを玄関の框に、木ネジでしっかりと固定した。
翌日。
母はその突起に右足のかかとを引っかけ、
――するっと、靴を脱いだ。
ほんの一瞬のことだった。
けれど、その瞬間の母の顔には、確かに「できた」という灯りがともっていた。
数日後、今度はシャワーの日。
お風呂から上がり、ベッドの横に腰をかけて着替えをしていた母が、また困っていた。
最後の仕上げ、靴下。
右足の靴下だけが、どうしても履けない。
どうすれば、母が自分でできるだろう。
考えてみると、答えは意外なほど単純だった。
私は高さ15センチほどの、小さな台を木で作った。
かかとを引っかけて、靴下を履くための台だ。
けれど、これはただ置けばいいものではなかった。
靴下を履く動作では、思っている以上に体重がかかる。
不意にぐっと力が入ることもある。
だから私は、ベッドのフレームが木製であることを確かめ、
長めのコーススレッド――しっかり効く木ネジを使い、
本数も惜しまず打ち込んだ。
母の体重が不意に大きくかかっても、
ぐらつかない。
壊れない。
安心してかかとを預けられる。
「大丈夫だ」と、自分で確信できるまで、何度も手で揺らして確かめた。
母は少し不思議そうな顔をしながら、その台を使った。
かかとを引っかけ、
靴下を引き上げる。
――履けた。
その日から、母はお風呂の後、必ずその台を使う。
寝る直前まで靴下を履いて過ごす母にとって、それは毎日の大切な動作だ。
朝も同じ。
起きて、着替えて、
小さな台に右足のかかとを乗せ、靴下を履く。
「今日も、ひとりで履けたよ」
そう言ってくれる声は、少し誇らしげだ。
大きな奇跡が起きたわけじゃない。
けれど、
自分でできることが、またひとつ増えた。
玄関の小さな突起と、
ベッド脇にしっかり固定された15センチの台は、
今日も静かに、母の「できる」を支えている。
私は思う。
支えるというのは、代わりにやることじゃない。
安心して挑戦できる場所を、そっと用意することなのだと。





うぬ

俺
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たねや
来年は計画的にいこ。チーリミに注力して後半は高級版1ギャンブル、ベーシックはノーマルコンプ買う方針が吉だわ。

マイク
色んな不安の中、その決断をしたいふくんをこれからも応援してるからね!!
#いれいす
#いふ民の乾杯挨拶
明るくいえばこれ
⬇️⬇️⬇️


🌸ミズ

みこみ

白石八
#めちゃすぷ

ヌノ

四谷@た
頑張ってロック開けたけど、盗んでるみたいでやだよ。

UR【は

あめ

こしょ
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YU
わわわ……ものすごーく詳しくて、分かりやすいです! 私はまだ挽いて貰った豆で、家の抽出器具で「うーん美味しい」のレベルです まず意識しながら飲んで、語彙を広げていく所から始めていきたいです[笑う]
とー 投稿者
質問ある方はなんでもお答えするのでぜひ!