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宗教の各段階においてその性質は異なる様に思う。最初は特定の人々が確信した特殊な世界観や存在感に基づく語りに多くの人が心を動かされることであり政治の起源と重なる。意図的に計算して弁論すれば政治であり本心からそれを信じていれば宗教、と言う分岐。
次に教育機関の形成、布教が最初から宗教に含まれているかは疑問を呈しうる。しかし生き残る宗教は布教することを含まざるを得ないと思われる。一人の精神にのみ浮かぶ世界はその人の死と共に失われる。持続する物は何らかの教育を含む。親子の関係なのか、それとも他人に布教するかと言う分岐がある。民族的宗教と世界宗教の分岐だろうか?
宗教はその神と呼ばれる価値の決定者の数によって、多神教、一神教、無神論的な宗教性に分かれる。無神論を含めた方が自称科学的思想の宗教性も射程に入る。また書物に教義や世界像を伝えられる範囲にとっての宗教とその言葉が理解できない人々にとっての宗教は異なる。これらを考えるとその掛け算の分岐が存在する。その全てに共通の性質は何か?伝達される世界像、と言う状況以外に宗教性を定義する概念が見つからないとすれば、以降布教される世界像ならどの様な物でも宗教性を持つと解釈して良さそうである。即ち、メディアも教育機関もSNSも何らかの宗教性を持つと解釈される様に思われる。と言うのも、伝達されるのは世界像そのものであり、神そのものの観念でも無ければ、言葉による思想でもない。むしろ、それらを成り立たせている論理構造そのものが宗教性の伝達の本体の様に思われる。(論理は前提命題と推論規則からなり、どの推論が正当であり、どの前提を認めるかは必ずしも容易に定められる物ではない。)
こう考えれば通常宗教と呼ばれない、一般の主義主張の思想語りやあらゆる芸術的な表現、生き方や行動と、それに感動して尊敬し、個人や大衆が動かされるすべての現象を同じ宗教性についての言語で語ることができる様になるかも知れない。しかしそれを考えることは自分の頭には難しい気がする。
本気で言葉を紡ぐとこのくらい長くなってしまうものである。これでも短いくらいだ。自分の特殊性を自覚して反省したい。失礼。
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ひろう

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不安すぎてメニュー見てオドオドしてたら店員さんが優しく教えてくれたw


˖❀𝜗ぁぉぃ𝜚❀˖
今日の空は朝からなんか
変わった雲ばっかり
朝の雲、取り損ねたけど
昨日は0時半に就寝
写真の以外にも、
ちょっと強いの飲んでしまって
やけにフラつきましたが
正気はかろうじて(笑)
記憶はしっかり(笑)
でも
若者に絡んでしまったꉂꉂ(ˊᗜˋ*)
仲良しなんでꉂꉂ(ˊᗜˋ*)……タブン
宣言しときますが
ちゃんと相手の空気わかるので
嫌がる子には絡みません🤗
(もともと絡まないから)
わー( ̄▽ ̄;)
絶対信用されないやつ(笑)
子どもがクワガタ見つけて
喜んでる姿に終始キュン死
✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*
ご飯中は女子ーズと
おしゃべりして交流するのが
私流合宿のモットー
男子ーズには
子ども目線と親目線の
使い分け
コーチ陣保護者には
少ーし
真面目さと
おチャラけを混ぜて
わたしの合宿は
こんな感じ♪̊̈♪̆̈




ぴす

猫田
#Spotify_SixTONES

まんぷ
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