投稿
リクリ
■不機嫌の正体について
不機嫌、或いは怒りというものを紐解くと、2次的な感情であり、ある種の自己実現のツールの一つなのかなと考えている。
採用する過程の一例として、他者から受けた不機嫌による刷り込みによって、他者と関わる基本ツールとしても採用せざるを得ない様、刷り込まれてるところもありそう。
根本としては、自分にとって都合の悪い他者や環境に対して、態度による改善を促す、または要求するためのものかなとは思う。快/不快でいう不快をなくしたいが故の行動ではないだろうか。
例えば、本来は言葉で言って聞かせれば良いものを、あえて不機嫌というツールを使う。これは言葉で言っても通じないから、代替え手段として不機嫌を採用しているとも考えられる。
■不機嫌以外の解決策
これを別の手法によって、都合の悪い対象に対する変化を促すことが叶うなら、不機嫌は使わずに済むのかもしれない。
「言ってダメなら、やって聞かせる」みたいな言葉もあるし、相手に即した手法を探さねばならないのかもしれない🤔
危ないことを、危ないと認識させるために口で言ってもダメなら、何が起こるのか具体的に教え込むとか。体験させる、動画を見せる、実演するなど。
また、相手が理解しない、理解したくない背景を探るのも有効かもしれない。やらせたくないことに対して、どうしてやりたくなってしまうか尋ねてみるとか。
■まとめ
不機嫌というのは、とてもシンプルである。言葉無くして態度のみで、圧をかけ、他者の行動を制圧できる。
ただ、自分がそれを受けたとして、こちらの事情や感情、考え、思いなど全てを無視して、圧だけかけられるということになる。それでは、納得できない。
なぜ、どうして、どうやれば納得して行動が起こせるのかを、言葉や視覚情報として相手に提供し、理解を得られなければ、伝わることはないと思う。
相互理解のためのコミュニケーションを、諦めてはいけないのだなと感じた。
コメント
話題の投稿をみつける

セイル

もち

ャー

通常色

うにま

社畜お

けーた
とりあえず元々迷ってた7/22は見送りかな

𓍯𓈒

むむ

シマゴ
もっとみる 
関連検索ワード


あお🫧
自分が不機嫌なときのことを考えてみると、何かもやもやした感覚がある。明確な理由があるというよりも、何かが引っかかっていて、うまく言葉にできないまま、気づけば心が曇っているような状態。そんなとき、感情の輪郭はあいまいで、ほんの少しだけ自分でもコントロールがきかなくなる。 幸いにも、私はあまり感情が表に出るタイプではないらしいので、周囲から見て明らかに不機嫌だと気づかれることは少ないけど、自分の中では確かに何かがざわついている。 私にとっての不機嫌の正体は、「なんだかなー」という漠然とした不満や違和感のような、その場でははっきり言語化できないものが、心の奥に小さな棘のように残ってる感覚です。
モ!
不機嫌とは、周りに忖度して頂戴と態度とムードで示す、赤ちゃん時代に培ったおむずがりと選ぶところがないと思います。リクリさんと同じ解釈です 当然ながら僕も不機嫌になる時があります。ですが理屈で不機嫌というのは滅多にありません。となると本能の領域に不機嫌はある気がします 不機嫌な相手とは、脳内伝達物質の不均衡でそうなってる人と思い、気分が晴れるまで距離を取るのが僕流です。ですが不機嫌な理由を紐解こう、とか積極的に不機嫌の解消に働きかけるというのは偉大な判断だと思います。不機嫌を雲散霧消して互いにフラットな心で問題解決のために動くのは最高だと思います[目がハート]真摯にモノを考える姿勢、見習いたいです